33.確定
まだ、アイシャさんが罪人と決まったわけでもないですし、本当にそうなるとは限らないですけど。
「そもそも、アザンさんだってアイシャさんの身内ではありますから、庇うかもしれないですね」
「かもね。けどアザンは、罪が決まった相手なら、身内でも容赦しない」
そういう人なのは、なんとなく想像がつきます。
つまり、今夜のうちにアイシャさんの罪の可否を決めておきたいのですけれど。
「見つからなかったよ。妹の家にも行ったよ。けど、中を詳しく見せてもらう用事がなかったからね」
トーリさんが戻ってきました。結論が出るのが先延ばしになる報告でした。
なぜかトーリさんは、手にノコギリを持っていました。
「うちで使っていたのが壊れたから、貸してくれってお願いして倉庫の中に入ったんだ。あまり長くは見られなかったけど、弓はなかったよ。矢は多く見つかったけど」
「長さはどうですか?」
「普通の、大人の男用だ」
つまり、ガザンさんを殺したのと同じものなのでしょう。
アイシャさんが犯人だと仮定すれば、そこから一本抜き取って、ガザンさん殺しに使ったということになるでしょう。
「間違いない?」
「もちろん。うちと違って、倉庫の中もよく整理されていたから」
「そっか」
この親子、自分の家の散らかりように、全く悪びれる様子がありません。
これだから男の人は! いえ、そんなことよりも。
「もちろん、家人の私的なスペースなんかは見ることができなかったよ」
「わかった、夜になったら、忍びこもう。お父さんは、会合に行って」
「いいのかい?」
「行かなきゃ、怪しまれる。それに、やってほしいことがある」
トーリさんと、これからの動きを打ち合わせます。
今夜のうちに片をつけなければ、後々面倒なことになる。それはトーリさんもよく理解していることでした。
もちろん、証拠が見つからないまま有耶無耶に終わってしまうこともありますけれど。
アイシャさんが殺人犯だと、信じたくない気持ちもあります。けど、そこは確かめないといけません。
彼女の部屋から、弓が見つからなければいいのに。そう思っていたのですが。
「ありましたね……」
夕方、トーリさん含めて皆さんが、会合に向かったのを見送ってから、わたしたちはアイシャさんの家に行きます。
トーリさんの家と同じく、鍵はかかっていませんでした。これが、この里の当たり前なのです。
アイシャさんの部屋はすぐにわかりました。一人娘で大切に育てられていたのでしょう。小さいながら、整理の行き届いたきれいな部屋でした。
一目見ただけではわかりませんでしたけど、棚の裏に弓が隠してありました。
明らかに、やましい気持ちがあって、けどすぐには捨てられないために隠しているものです。
なるほど、枝にしっかりと固定するための器具がついています。爪を噛み込ませるような仕組みですね。
ここに来る前に、アザンさんの家の前の木も確認しておきました。
確かに低い位置の枝に、細かい傷がついています。細いですけど深さはある程度あって、自然についたのではないです。
目の前にある道具を使えば、同じ傷がつきます。
弓は、枝に横向きに固定して使うもの。ワーウルフが使うには、枝の高さと首の高さが同じ必要があります。
傷のあった枝の位置は確かに低くて、ユーリくんや里で見かけた大人のワーウルフの狼体では引くのに苦労する高さです。首を随分と下に向けないといけないでしょうね。
「アイシャさんが狼になった時の体格は」
「口が、あの枝の高さ」
「そうですか……」
だったら、あの木に固定しないとアイシャさんは弓を射れないわけです。
高い位置に弓を取り付けて放置して逃げれば、他の狼、例えば持ち主であるトーリさんに罪を着せる事はできます。けれどアイシャさんの背では不可能。トーリさんもユーリくんほどではないですが、狼化すれば体が大きくなるでしょう。
また、そんな工作をする暇も、アイシャさんにはなかったはずです。
「決まりですね」
「うん」
「あとは、アイシャさんが罪を認めるか……それか、諦めてくれるかですね」
実のところ、アイシャさんも簡単に罪を認めるとは思いません。
それに、今わたしたちだって、人の家に忍び込むという後ろめたいことをしています。そもそも、里から出ていかなきゃいけないという約束を反故にしている状況でもあります。
まあ、そっちは大した約束でもないですし、守る義理もないので問題ではありません。けど、忍び込むのはまずいですね。
その問題含めて、こちらに非が及ばないように、そしてアイシャさんの罪含めてすべて丸く収まるように、わたしたちは策を練りました。
大部分は、ユーリくんとトーリさんで作った策ですけどね。
「行こう」
「はい。……うまく行きますように」
わたしたちは揃って会合の場に向かいます。
丸く収まることを願いながら、わたしは弓と矢の確認をしました。経験上、こういうのは決して思った通りにいかないものですから。
血は流れます。既にひとり分、流れているのですから。あとは、どれだけ流れるかの問題です。




