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ワーウルフの里の騒動~無能魔女スピンオフ~  作者: そら・そらら


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30.弓の紛失

 理屈はわかります。引くのに力が必要な大きな弓は、当然威力も高いです。表面に浅く刺さるか、深々と刺さったり貫通したりするのでは大きく違います。

 わたしの扱う弓では、そこまでの威力が出ないんですよね。わたし自身、腕力は大人の男性には勝てないですし。


 まあ、わたしは敵の喉を正確に射抜けるので問題ないのですけど。


 あと弓が大きいということは、遠くから狙える利点もあります。

 猪に気づかれない距離から攻撃する必要があるなら、魅力的な点と言えるでしょう。

 その分、狙いを正確にしなきゃいけないことと、そもそもトーリさんにはこの弓を扱えないことが問題なのですけれど。


「お父さん。あの弓を、どうやって使うつもりなの?」


 ユーリくんも、それが問題なのはわかっています。だから核心に迫る質問をしました。


「そうだね……」


 トーリさんは鍬を研ぐ手を止めました。手入れが終わったのでしょう。

 土を耕すには十分すぎるほど鋭くなった鍬を手にとって、ユーリくんの方を見て。


「それは、改造した弓を見ながら説明しよう。これを、玄関の方に置いてくれないか? そこなら、なくすことはないし。さすがに、手入れしてくれと頼まれたものをなくすわけにはいかない」


 柄の方をユーリくんに向けて、そう頼んだのでした。

 玄関は比較的整理されてますもんね。誰かは知らないですけど、整備してくれと頼まれたものなんでしょう。


「僕の考えはこうだよ。あまり力のないワーウルフでも、大きな弓を扱えるように改造すればいい」


 家の中の一角に向かいながら、トーリさんは説明します。

 少し恐ろしくなりました。そこは、わたしの予想が当たっていたからです。


 トーリさんはひとつの扉の前で立ち止まりました。開けると、そこが倉庫なのはわかりました。

 整理整頓が苦手な人が、すぐには使わないものをなんでも放り込むだけの場所という意味の倉庫です。家の生活スペースの比ではないほど、散らかっています。


 トーリさんは、そんな散らかった倉庫を探しながら説明を続けました。


「ワーウルフは、狼に変身できる。その間は人間よりも筋力が強い。顎で弦を咥えて引っ張ることで、引くことができる。そんな弓だよ」

「でも、狼に変身したら、猪に見つかる」

「狼の状態で動くから、気配を察知されるんだよ」

「なるほど」


 人の姿である程度の距離まで近づいて、そっと変身すればいい、ということらしいです。

 狼化した時のほうが筋力が上なのも理解できます。けど、問題があるのは。


「弓の木の部分を持たないと、射ることはできませんよ」


 弓は両手を使って射るものです。狼が口でやるなら、片方しか持てません。

 それを解決する改造なのでしょう。


「木の部分に治具をつけたんだ。森の木に引っ掛けて、固定できるようにね」

「片手で持たないといけないところを、森に生えている木に任せるということですか?」

「そうだよ」

「それで、弦と矢の羽の箇所を同時に噛んで、引っ張って放つのですか?」

「そうだ。普通に噛むと牙のせいで弦を切ってしまう。だから、口の方にも噛ませる器具を作った」


 弦と矢を咥えられるようにする道具ですか。


「枝に固定する治具には、つがえた矢が外れないようにガイドする機構もある。押さえる手がないからね」


 なるほど、それなら射ることもできるでしょう。猪がいるのは森の中ですから、木の枝ならいくらでもあります。そこに弓を固定して、放つ。狼化したワーウルフの力は強いので、十分すぎるほど弓を引けるでしょう。

 そして、長い矢が猪に刺さります。どこに刺さったかにもよりますが、深々と刺されば重傷です。戦うにも、走って逃げるにも支障が出ます。


 後は、狼化したまま追いかけて仕留めることがでる。そんな筋書きです。


「結局、改造したまではよかったんだけど、実戦で使うまでに例の猪は殺された。大勢のワーウルフで追いかけ回して、猪が疲れたところを討つ作戦がうまくいったんだよ」

「狼化したワーウルフの上に、他のワーウルフが乗って追い回す作戦?」

「そうだよ。相手の体力が切れるのを待つ。単純で用意もいらないから、すぐに実行できるやり方だよ。森で迷って戻れなくなるほど深追いしないことだけ、注意しないとね」


 けど、今回はうまくいったようです。里のワーウルフの有志が集まって、見事に猪を討ち取りました。

 トーリさんの改造した弓は、出番がないまま倉庫に放り込まれて、今に至ります。


「これが、使う予定だった矢だよ。改造した弓も近くに置いてあるはずだ」


 昨日お店で見たのと同じ、普通より長めの矢をトーリさんがこちらに放り投げました。そういうことするから散らかるんですよ。というか、道具修理を仕事にしている人として、その扱いはどうなんでしょう。

 こういう、細かいところの雑さはユーリくんのお父さんという感じがします。


「見つからないな……」


 しばらく倉庫を探し回っていたトーリさんですが、そう言ってこちらを見つめました。


 見つからないとは。


「誰かに貸したり、一度お父さんが使ったりしたことは?」

「ない。猪が退治されたと聞いて、ここに入れたきりだよ」

「じゃあ、どうして見つからないの?」

「それは……なぜだろうね」


 自分でもわからないという様子のトーリさんですが、嘘をついているようには見えませんでした。

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