28.穴だらけ
「とにかく、トーリさんは三年待てば怪しまれないと考えたのでしょう。それに首長選びで、みんなピリピリし始めました。大きな好機です。ユーリくんが帰ってきて、さらに緊張が高まりましたし」
「僕が、戻ってきたなら、復讐の必要はなくなったよね?」
「そ、そうかもしれませんけど! でも、いずれは旅に出るじゃないですか! ……そもそも、三年も寂しい思いをした復讐はしなきゃいけません」
「そうかな」
ユーリくんは、とても疑問を持っている顔をしました。
気持ちはわかります。お父さんは庇わないといけませんよね。
「じゃあ、どうしてお父さんは、殺すのに普通の長さの矢を使ったの?」
「それはですね。あの家が散らかっていたからです!」
「……」
わたしの見事な推測に、ユーリくんは閉口しています。言い返すことはできませんよね。
「トーリさんの家は散らかっています。なので、何がどこにあるかわからなくなったのでしょう。なのに殺さなきゃいけないタイミングが来てしまった。幸い、普通の長さの弓でもなんとか射ることができます」
「だから、それで殺した?」
「はい!」
「なるほど……」
考えれば考えるほど、わたしの考えは正しいと思えてきます。
「なので、トーリさんが犯人! ……だと思います……」
そう自信満々に言ってのけてから、相当まずいことをしていると気づきました。ユーリくんのお父さんを人殺しだと、堂々と言ってしまいました。
わたしだってさっきまで、それはまずいと思っていたんですよ。けど、考えているうちに、調子に乗ってしまいました。
もしかして、リゼさんの馬鹿が伝染したのかもしれません。いえ、人のせいにするのはよくないですね。
「あの。すいません。大きな発見をして、舞い上がっちゃったといいますか。……すいません。嫌ですよね、お父さんを人殺し扱いされるのは」
「うん」
「ああっ」
怒ってる様子はありませんけど、そうなってもおかしくない事をしてしまいました。
こうもはっきり、嫌だと言われてしまうなんて。わたしは恋人失格です。
「ごめんなさい。ええっと……」
「でも、お父さんは、やってないと思う」
「そうですか……」
わたしの推理を聴いてなお、ユーリくんはトーリさんを信じているのでした。
「殺すのに、そんな回りくどいやり方、しないと思う。三年も、待つこともない。そもそも、矢の長さで犯人像をごまかしたいのに、なくしたからって普通の矢を使うとは思えない」
「はい……」
さっきもユーリくんが指摘したことです。
わたしの考え、冷静になってみたら穴だらけです。
トーリさんが今回の件に関わっているって知って、彼が犯人という前提で考えを押し進めたので、当然です。
「それに、アザンに毒を盛ったのも、お父さんがやった?」
「ええっと。確かにそれは……どうでしょう」
アザンさんに毒を飲ませた犯人は、たぶんガザンさん殺しの犯人と同じだと思います。
けどトーリさんは、アザンさんになんの恨みもないはずです。嫌な奴の父親だから同じように殺してやる、という考え方もできますけれど、それにしては手口が変です。
同じように、弓で殺そうとは思わないのでしょうか。なんで別のやり方をしたのでしょう。
トーリさんを犯人と決めつけるには、根拠があやふやすぎます。
「ユーリくん。本当にごめんなさい。わたし、ちょっと周りを見れていませんでした」
「いいよ。気にしないで」
「あ……」
ユーリくんがわたしの方に手を伸ばしたかと思ったら、優しく頭を撫でました。
慣れないことしてるからか、ぎこちない動きです。けど、嬉しいです。わたしを慰めようとしているのですから。
「手がかりでは、あるから。明日、里に戻ろう。お父さんと、話そう」
「はい!」
もう、空は暗いです。今から里に戻っても夜中になってしいます。宿に泊まるべきでしょう。
「行こっか」
「あの。もう少し、このまま……」
頭を撫でられているのが気持ちよすぎて、終わってほしくないと思ってしまいました。
わたしは体を倒して、ユーリくんの胸に頭を預けます。
「わかった」
ユーリくんはそれだけ言って、わたしの体を抱き寄せたと思うと、また頭を撫でてくれました。
わたし、幸せですね。こうやって、体を預けることができる男の子がいるんですから。
翌日。宿屋で目覚めたわたしたちは、再度里に戻ります。
休息はしっかり取れました。あと、他に村で得られる手がかりはなさそうです。
里で、犯人探ししかありませんね。
もちろん、里から出ていけと言われた手前、すぐに戻るのは抵抗があります。人に見つかったら気まずいとか、その程度の抵抗なんですけど。
だから、こっそり戻りましょう。
里への道を駆けるユーリくんの背中にしがみつきます。三回目ともなれば、慣れてきました。
他のワーウルフとすれ違うことはありません。本当に、里は今夜から始まる首長選びの準備で忙しいのでしょう。
問題は里に着いてからです。外に出て農作業をしている人たちに見つからないように、トーリさんの家まで向かわなきゃいけません。
「森に隠れながら、行こう」
「そうですね。開けた場所にいるより、見つかりにくいです」
ユーリくんの家は森に面しているわけではありませんが、途中まで行けるのは大事なことです。




