22.ゾーラ
「でも、まずは一度村に戻る。ここじゃ、情報が得られない」
「情報、ですか?」
「アザンは、毒を飲まされた。それはたぶん、ガザンの死と関係がある。けど、この里では毒を手に入れられない」
「なるほど……村に行けば、毒の入手経路がわかるかもしれませんね」
里で手に入らないものなら、村か街で手に入れるしかありません。
「村まで出稼ぎに来ているワーウルフは、少なくなっている。だから最近来たワーウルフは、村の人も印象に残りにくい。聞き取り調査をする」
「わかりました。行きましょう!」
やはりユーリくんは頼りになります。追い出されるふりをして、確実に反撃しようとするのですから。
急いで村に戻るべく、坂を下って森の入り口へと歩いてきいます。その間も、今後のことや犯人のことを話し合いました。
「フィアナは、弓のことを調べてほしい」
「弓、ですか?」
「里にも、弓は当たり前にある。狩りはするから。狼になって獲物を捕まえるより、弓を使った方がいいこともある。……けど、ガザン殺しのために、村で弓を新しく買ったかも」
なるほど。既にあるやつを使った可能性も高いですが、可能性は潰していかないといけません。
「さっきキセロフさんが、犯人は成人男性と言ってましたよね」
「うん。それは、間違いないと思う。けど、わからないことがひとつ」
「なんですか?」
「ガザンには、正面から矢が刺さってた。つまり、真正面から狙われていたことになる」
「はい。夜とはいえ、すぐ近くの家からは明かりが漏れていました。月は出ていませんでしたけど、星の光はありました」
ガザンは殺された時、家を背後に立っていました。犯人は、家の明かりに照らされている状態です。
「ガザンは逆光に立ってる状態。もちろん、フィアナなら首を射抜けると思うけど、犯人だってこの状態だったら、よく狙わないといけない」
「弓を引き絞って狙いをつけて、けれど正面にいるガザンからは気づかれてはいけない」
なぜか、気づかれなかったというのが奇妙です。犯人は物陰に隠れて狙いを定めていたのだと思います。
そんな物陰がどこにあるのかといえば。
「ユーリくん。さっきわたしに矢を射させた時、木のある場所まで離れさせましたよね」
「うん」
「どうして、あの場所だったのですか?」
「なんとなく、目印として使えたかなって。ちょうどいい距離だったし。けど、隠れるのには適している?」
「どうでしょう。そこまで太い木ではなかったので……あまり太ってる人なら、はみ出てしまうかもしれませんね」
けど、矢で狙う以上は体の一部を出さなきゃいけないわけです。完全に隠れることはないので、そこまで犯人の体型について考える必要はないかもしれません。
目立たなければいいだけです。
ワーウルフの皆さん、普段から鍛えているので、がっしりとはしていても太った方はいない印象です。
つまり、手がかりになりません。
「ガザンを呼び出して、家の前まで連れてこられる人なら、誰でも殺せるというわけですね……」
もちろん、それにはガザンに直接話しをして、家の前に誘導する必要があるのですけど。
そういえば。
「思ったんですけど、ゾガさんが犯人ではないでしょうか。昨日、アザンさんの家に行ってましたし」
「どうかな。違うと思う」
「そうなんですか? でも、怪しいじゃないですか」
「ガザンを殺さない理由が、ある」
「え? ……そういえばユーリくん、結局ガザンとは何を話したんですか? 言えないって言ってましたけど」
「フィアナなら、話してもいい。里の人間じゃないし」
そして、続きを話そうとしたユーリくんは、ふと足を止めました。なにか見つけたようです。
木の陰で、女性がひとりしゃがんで泣いていました。
アイシャさんと同じくらいの、十七か八歳くらいだと思いました。手で顔を覆っているので、どんな風貌かはわかりません。灰色がかった髪は短めでした。
「ゾーラ」
ユーリくんが女性に近づいて、そう声をかけました。たぶん、女性の名前なんでしょう。
実際、ゾーラさんは声に反応して顔を上げました。アイシャさんと比べると、おとなしそうな印象の方です。
ですが、今のゾーラさんは怒りの形相でユーリくんを睨みつけています。
「あなたが!」
そう叫びながら、ゾーラさんは服を脱ぎ捨てました。ローブを放り投げて、胸を覆っている布も破り捨てるように脱ぎました。
そんなに大きくはないですが、形のいい胸がさらけ出されます。いやいや、なにしてるんですか。そうたしなめる間もなく、ゾーラさんはスカートと下着まで脱いでしまいました。
慌てて目を逸しますが、ユーリくんの目を塞ぐ方がいいかもと思い起こします。そして逸した目を戻した時、ゾーラさんは狼へと変わりかけていました。目を逸らす必要もなくなっていました。
髪色と同じ、灰色の狼へと変わっていきます。大きさはそれほどでもない、と最初思ってしまいましたけど、ユーリくんの大きさを見慣れているからだと直後に気づきました。
背中に大人ひとり乗せられそうな大きさの狼なんて、大きいに決まってます。普通の狼と比べるとその差は歴然です。三人乗せられるユーリくんが異常なだけです。
それはそうとして、ゾーラさんはなおもユーリくんへと怒りを向けているようです。狼の顔ですけれど、憤怒の表情なのが読みとれます。
「フィアナ。下がってて」
「はい! あの、ユーリくん、この人なんで怒ってるのかわかりますか?」
「うん」
「ユーリくんのせいですか?」
「違う」
自分に向かってくる悪意に大した反応を見せてませんが、いつものことです。戦うとなれば、この人は全力です。この里でもそうですし、相手が女性でも容赦がないです。




