21.できる女
ナザンさんはキセロフの方を睨みました。
「わからない。だが親父も仲間たちも、必死に考えているところだ。必ず探し出して、報復する」
「手伝えること、ある?」
尋ねたのはユーリくんです。
中立を表明している以上、ナザンさんの家の手伝いはできるはずです。
ユーリくんはガザンが嫌いでした。けど、ナザンさんとは仲がいいですし、ナザンさんのお嫁さんとも知り合いです。力になりたいのでしょう。
けど、ナザンさんはユーリくんも睨みつけました。
「悪いが、これは俺の家の問題だ。手出しするな」
昨日と比べて、少し強い口調です。
「それに俺は、ガザンが死んだ原因はお前にもあるとと思っている」
「……僕が、ガザンを殺したと思ってる? それなら」
ユーリくんは、自分への疑いを晴らすために、さっきと同じ説明をしようとしました。
けど、ガザンさんは手のひらを向けて制止のポーズをとります。
「お前が殺したんじゃない。けど、原因だ。突然里に戻ってきて、みんなの事情を掻き回した。ガザンは仕返しに来て負けて禍根を残したし、他の派閥もお前を欲しがった」
「けど、それはもう、終わったこと」
「本気でそう思っているのか? 中立を表明したらみんな手を出さないと、言い切れるのか?」
「言い切れなくても、僕には、関係ない。まだ、僕が欲しいというなら、それはその派閥の問題。僕じゃない」
「だがお前がいれば、みんな注意を払わなきゃいけない。お前がガザンを殺してないのはわかる。だが、お前に罪を着せるために殺そうと考える奴は出た。その結果がこれだ」
「ガザンが死んだのは、僕のせい?」
「……そうだ」
ナザンさんも辛そうな顔でした。けど、断固たる決意も感じました。
「ユーリ。お前は里から出ていってくれ。しばらく戻ってくるな」
「……」
ユーリくんは、周りを見回しました。
みんな、気まずそうに目を背けます。
ひとりだけ、キセロフだけは違いました。
「その方が、里は少しだけ平和になる。お前の安全のためでもある。首長選びが落ち着くまでは、出ていってくれ」
目のつり上がった、怖そうな印象のお兄さんですけど、口調に乱暴さはありません。なだめるような言い方でした。
「……わかった。行こう、フィアナ」
「ユーリくん!?」
納得してるのかしてないかは、表情から読み取りにくいです。元々そういう人ですけど、意図的に無表情にしてるのだと思います。わたしにも読み取れないのですから。
わたしが声をかけるのも聞かず、ナザンに背を向けて遠ざかっていきます。途中、少し立ち止まってキセロフに声をかけました。
「キセロフ。お父さんに、僕が里を出ることを伝えて」
「承知した。他に伝えることはあるか?」
「また、戻ってくる」
「伝えておく。けど、すぐには戻るなよ」
「うん」
そして、彼らとも離れていきます。坂を下って、昨日里に入った入り口の方まで歩いていきます。
「ユーリくん! 待ってください! 本当に、このまま出ていくんですか!?」
「うん」
「いいんですか、それで!? ユーリくんのせいで、ガザンが死んだってみんなに言われましたよ! ユーリくんが悪者になってるんですよ!」
「うん。けど、殺したのは、僕じゃない。それもみんな、知ってる」
「でも! ユーリくんが悪く言われてるのも確かです!」
「気にしない」
「わたしが気にするんです!」
思ったより大きな声が出てしまいました。
構うもんか、です。
「わたしはユーリくんの恋人なんです! 恋人が悪く言われてるなんて、辛いに決まってるじゃないですか! 好きな人が苦しんでると、わたしも苦しいんです!」
「僕、別に苦しんでない」
「わたしが苦しいんです! この事件、すっきり解決させたいんです!」
「えっと。僕のために、怒ってくれてるの? それとも、自分のため?」
こんなに困っているユーリくんは珍しいです。そしてわたしも、この怒りが誰のためなのか自分でもわからなくなってます。
もう、心の中がめちゃくちゃです。けど、ひとつ言えることは。
「好きな人の名誉のために、わたしは頑張りたいんです! わたし、できる女なので!」
「……できる……女?」
「あああああ!」
言ってしまいました! 勢いに乗ってやってしまいました!
こういうのは、自分で思ってるだけにすべきなのに! 自分で、できる女とか言うなんて恥ずかしすぎます!
「い、今のは、忘れてください……」
「嫌」
「ほうぁっ!?」
「フィアナは、ちゃんとしてる。十分、できる女。胸を張っていい」
「あ、いえ。そういうことじゃなくて。自称しちゃったのが恥ずかしいって話です」
「恥ずかしくない。フィアナは本当に頼りになる。いつも、助かってる」
「ふあぁ……」
なんで急に、こんなこと言ってくれるでしょうか。不意打ちですよ。ずるいですよ。
「フィアナの気持ち、わかった。じゃあ、犯人にやり返そう」
「あ、はい! そうですよね! わたしたちは、そうじゃないと!」
これまでの旅でも、悪い奴はやっつけてきました。
ガザンはいけ好かない奴ですけど、殺すのはひどいです。犯人には報いを受けてもらいます。具体的には死んでもらうとかで。
いえ、わたしたちが同類の人殺しになるのはまずいですけど。けど、状況によってはそんな制裁もあるかもしれません。




