20.矢の長さ
あれ。というか、さっきユーリくんがやったこと、たしかに危なくないですか? わたしの腕を信じさせるためとはいえ、ユーリくんの顔のすぐ横を射抜きましたよ。
だから、周りの皆さんが逃げるようにしてたんですか?
「ゆ、ユーリくん! なに当たり前みたいに、命かけてるんですか!?」
「かけて、ない。フィアナはさっきの、万が一にでも外してた?」
「外しませんよ! あんな簡単なこと!」
「でしょ? 僕も、フィアナを信頼してるから。だから危なくない」
「あああっ!」
ユーリくんが、めちゃくちゃ嬉しいことを言ってくれました。言ってくれたんですけど! ですけど! そういう問題じゃないんです!
赤面しながら何を言うべきか困惑しているわたしをよそに、ユーリくんは再びアドキアを見ます。
アドキアの方は返事ができずに、押し黙ってしまいました。何か言い返した瞬間に、お前が草を持て、ですから。そうなったら、アドキアは実行しないと臆病者になってしまいますしね。
奇妙な状況ですよね。
わたしが失敗して、それほど弓の腕が良くないと証明できれば、ガザンを殺したのがわたしだと言い張れるのですけど。
けど、それを証明するには自分が命を賭けなければいけません。しかも失敗して、外れればいいですが、顔か肩を射抜かれるかもしれません。そうならなければわたしは無罪です。
このままわたしの潔白を認めるか、誰かが命を賭けるかです。いえ、誰も死なないんですけどね。あんな簡単なこと、何度でも成功させちゃいます。
お互いがお互いを見合い、なんとなくみんなの視線がアドキアに向き始めた頃でした。
「彼女の弓の腕は認める。だが、下手を装うためにわざと胴を狙ったのでは?」
声がしました。見ると、黒い髪の目つきの鋭い男でした。
「なにロフでしたっけ?」
「キセロフ」
「そうです。頭脳派なんですよね」
「うん」
さすが頭脳派。この場を切り抜けて、命を賭けずに人を悪者にする方法を思いつきました。
けど、それも間違いです。
「ガザンに刺さっている矢を見てください。それから、これがわたしの矢です。長さが違いますよね?」
そうです、わたしの矢は、体格に合わせて短いんです。扱っている弓が小さいので、矢も必然的に短くなります。
ちゃんと短い矢を買うか、なかったら自分で長さを調節しています。切って鏃を付け替えるくらい、簡単にできますので。
「多少の長さの違いなら、無理して扱うことはできます。けど、この長さは不可能です。これを放つための弓は……たぶん、成人男性にしか扱えません」
「……そうだ。俺も同意見だ」
キセロフは渋々ながら認めた様子です。
無茶苦茶に理屈をこねて、なんとしてもわたしを悪者にしようとも考えたのでしょう。けど、そうすると自分が愚か者に見えると思いとどまった。
わたしの指摘を受け入れたもの、頭脳派のプライドゆえでしょう。
キセロフが頷いたために、なんとなく全員の認識が決まってしまいました。
ガザンを殺したのは、弓がある程度扱える成人男性。弓で体を射抜いて弱らせた後、狼化して噛み付いたといったところです。
つまり、わたしやユーリくんの仕業ではありません。
「ところで、ナザンは?」
潔白が証明されたユーリくんが、周りに尋ねます。
たしかに、ここにいないのは変です。当主の息子が殺されて、当主本人は動けない状態。そしてここは家の前です。
ナザンさんが出てきて、場の収拾をつけるべきではないでしょうか。ガザンの死体をそのままにしているのも変です。嫡男の死体を野ざらしで、こうやって大勢の人の目に触れさせているのは、普通ならまずい状況で対処しなければいけません。
どうやらワーウルフの里でも、同じようです。
アドキアたちワーウルフの視線が、一斉にアザンの家に向きました。
「出てこないな。家の裏手から、手下を集めてるのだと思うが」
キセロフがつぶやくように言います。
「ナザンまで、命を狙われるのを警戒している?」
「そうだな。だから護衛が揃うまで動けない。というよりは、死体の回収も手下にさせるつもりかもしれない」
「でも、それは家の名誉に関わる」
「そうだな。ナザンが自ら出て来ないとな」
ユーリくんとキセロフが話してます。なんだか、このふたりは気が合うのかもしれません。どっちも冷静ですし。ユーリくんも頭いいタイプですし。
それはそうと、ナザンさんが出てこないといけないのは理解できます。
ちょうどその時でした。家の扉が開いて、ナザンさんが数人の手下を引き連れてやってきました。
「下がってくれ。兄の遺体を運び入れる」
ナザンさんは、こちらを睨みながら言いました。実際にガザンの死体を運ぶのは手下の皆さんです。
この中に犯人がいる。そう考えているから、少し怖い顔にもなるでしょう。家の後継ぎを殺されて、自分も狙われるかもしれない。警戒するのは当然です。
「これは、俺の家に対する挑戦だと考えている」
相変わらずこちらを睨みつけながら、ナザンさんは言いました。
「ガザンに勝てないから、こんな手段で排除した。卑怯な手だ」
「そうだな。誰がやったか、目星はついているのか?」
キセロフさんが尋ねました。自分は犯人ではないと言いたげです。もちろん、みんなそうなんでしょうけど。
自分がやったとは言えませんよね。




