19.わたしの弓の腕
殺した本人が名乗り出ることはないでしょう。そしてここにいる多くが、犯人なんか知らないでしょう。
それが誰なのかを、さっきから延々と話していたのだと思います。
けれどワーウルフの皆さんは、こちらを一斉に向いたまま、怖い顔を見せました。
どうしたというのでしょう。
「しらを切るんじゃねえ」
赤い髪の方が、どすの効いた声を出しました。この人はたしか、アドキアさんです。武闘派なんでしたっけ。つまり、手が出やすいということです。
その人が、わたしたちを疑っています。
「おめえらで殺したんだろうが」
「それは、どうして?」
アドキアは三十歳くらいの、よく引き締まった体つきの男性です。そんな、かなり強そうな相手にすごまれても、ユーリくんはまったく怯む様子はありませんでした。
「決まってる。おめえがガザンと憎み合ってることなんか、誰でも知ってる」
「そいで、お前は昨日、ガザンの家に行った。ここにだ」
アドキアの手下らしい男が、引き継いで言います。周りには、他にもアドキアの仲間が大勢いるようでした。
ユーリくんは、なおも平然としたものでしたけど。
「たしかに。けど僕は、この家でガザンとは揉めなかった」
「本当か? 昨日、ガザンとふたりで話したって聞いたぜ?」
「うん。話した。けど、揉めなかった」
「何を話したんだ」
「言えない」
ユーリくんは、アドキアの目を見つめたまま、言い切りました。なんの弁解にもならないことをです。
「はっ! 話しにならねえな」
「なるよ。僕が、ガザンを殺すなら、正々堂々と周りの目のある場所でやる。ここで殺したりは、しない」
「勝てねえだろ。おめぇは、まともにガザンとやり合って勝てるはずがねぇ」
「勝てる」
「ぬかしやがる!」
アドキアは愉快そうに笑いました。周りも同調して大笑いしています。
子供が身の丈に合わないことを言っている。そんな雰囲気でした。
なんだというのでしょう。子供に対してよってたかって。言い返さないと。ユーリくんは勝てますから。
そう思って前に出ようとしたところ、ユーリくんに止められました。
「フィアナ、言わせておこう」
「でも」
「ガザンを殺した奴は、僕が見つけるから」
「できるんですか?」
「わからないけど、やる」
そこまで言うなら仕方ありません。けどわたしとしては、ユーリくんが疑われているこの状況をなんとかしたいんです。
「アドキア。僕は弓が扱えない。だから、この殺し方はできない」
「何言ってんだよ。そこのガキは、弓を背負ってるじゃねぇか」
あ、わたしも殺人に加担したと思われてるんですね。たしかに、弓を背負っていますけど。
「フィアナが、やったんじゃない。フィアナは、こんなに弓が下手じゃない」
ユーリくんは死体を一瞥してから、地面に生えている草を引きちぎります。だから根っこから引き抜かないと駄目……という話ではないようです。
「フィアナ。これを射抜いて」
ユーリくんはその草をつまんで、顔のすぐ横に立てました。
急に何を言い出すのでしょう。しかも、大して難しくないこと。
「もう少し、離れて。もっと……そこ」
ユーリくんの指示どおり、距離をとります。道の傍らに生えている大きな木があります。低い位置に枝があって木登りはやりやすそうですけど、幹はそんなに太くないです。そこで止められました。
わたしの歩幅で四十歩くらい離れています。
背負っている弓を持ち、矢をつがえます。ユーリくんに迫っていたアドキア含めて、周りにいたワーウルフたちが慌てたように離れていくのが見えました。
ユーリくんが持っている草は細長く、離れているとあまり見えません。けど、微動だにしないユーリくんの手の上と考えれば簡単なことです。
狙いを定める時間も、ほんの一瞬でいいです。弓から放たれた矢は、まっすぐユーリくんの顔のすぐそばを通過して、短い髪をわずかに揺らします。
草がどうなったかは、見えませんでした。射抜けとのことですけど、細いからできなかったかもしれません。
駆け寄って見ると、ユーリくんが持っている草は途中でちぎれていました。矢が命中したのは間違いないです。
「うん。さすが」
「ありがとうございます。けど、どうして急にこんなことを?」
ユーリくんは返事をする代わりに、ワーウルフたちに向き直りました。特にアドキアに対してです。
「見ての通り、フィアナは、弓がうまい。あんな風に、胴に当てる必要は、ない。一撃で、喉を射抜く」
なるほど。たしかにわたしがガザンを殺すとしても、あんなに矢を無駄にすることはありません。
わたしを庇うためにやってくれたんですね。さすがユーリくんです。
「そ、そんなのは……今のは、まぐれに決まってる!」
アドキアの手下のひとりが声高に叫びました。まぐれではないのですが。何度やっても、同じように当てられるのですけど。
「じゃあ、もう一回やろう。次は、あなたが草を持って」
また、地面に生えている草を千切って、手下に手渡します。
「フィアナ。今度は、もっと近くからでもいいよ」
「あ、はい。どれくらいですか?」
「目の前でも、いい」
「ま、待て! 信頼できないって言ってるだろうが! そんな危ねえことできるか!」
手下さんが叫びます。随分と切羽詰まった声です。
「なんで? フィアナの腕を証明するには、必要」
「危ねえって言ってんだよ! なに当たり前みてぇに、顔の近くに矢を飛ばそうとしてんだよ! 死んだらどうすんだ!」
手下さんが草を地面に叩きつけました。試させてくれないらしいです。




