17.アイシャ
小柄な方ですが、ナザンさんより少しだけ年上に見えました。長い黒髪がきれいですし、本人もとても美人でした。切れ長の目が、利発そうな印象を与えます。
腕も細くて、繊細な印象を受ける方でした。
そんなきれいな人でも、他のワーウルフの女性と同じように、上は胸に布を巻いてローブを羽織っているだけ。下も短めなスカートだけという格好です。
里ではこれが当たり前と言っても、やっぱりドキドキしてしまいます。
この人がユーリくんの家に時々やってきて家事をしてくれたお姉さんなんですね。なんだ、だったらユーリくんと親しいのは当然じゃないですか。
別に、ユーリくんとの関係を疑ったりなんかしてませんよ。本当ですよ。
「ガザンは、今どうしてる?」
「部屋で傷の手当を受けているわ。ユーリくんと、ふたりきりで話したいって」
「そう……」
「ユーリくん。誘いに乗ってはいけません。また戦いになりますよ」
「いいえ。また暴力沙汰になったら、アザンさんは許さないわ。だから、そこは安心していい」
「わかった。フィアナは、ここで待ってて」
「はい……」
わたしは反射的に腰のナイフを押さえますけど、ユーリくんはそれに見向きもせずガザンの部屋へと向かっていきました。
不安なの確かです。けど、任せるしかないのでしょう。
待っている間、暇ですけど。
「あなたが、ユーリくんの恋人ね?」
「へ? あ、はい! そうですユーリくんの彼女です」
突然、アイシャさんが話しかけて来ました。
なんでしょうこの人は。わたしが本当にユーリくんの恋人にふさわしいか、試そうとでも言うのでしょうか。
身構えるわたしを見て、アイシャさんはクスクスと笑いました。
「怖がらなくていいわ。わたしも、ちょっとびっくりしただけ。あの小さかったユーリくんが、旅に出たら恋人を見つけてくるなんて。男の子ってなにをするか、本当にわからないわよね」
「あ……そうですね。わたしも、ユーリくんには特に驚かされています」
意味とは少し違うかもしれませんけど、ユーリくんは人を驚かせることが多いです。あるいは、戸惑わせるというべきかもしれませんけど。
「ユーリくんもひどいわね。ただ、待てとしか言わないなんて」
「いえ。いつものことですから」
「来て。お茶を淹れてあげる」
アイシャさんに誘われるまま、台所へと行きます。
普段から使われているのがわかる一方で、よく整理された台所でした。アイシャさんがお手入れしているのでしょうか。お茶を用意する手際もすごくいいです。
でも、アイシャさんとナザンさんが恋人になったのも、そんなに前のことではないですよね。村の名付けについて発表があって、政略結婚の動きが出てきた頃に便乗してですから。
「ナザンとは前から仲が良かったのよ」
わたしの考えを見透かすように、アイシャさんが語ります。
「家にも何回か上がらせてもらった。他の女友達と一緒にも多かったけどね。けど、前から両思いだったわ。十日ほど前、月がきれいな夜に告白したの」
「アイシャさんから告白したんですか?」
「ええ。そうよ。欲しいものは自分から手に入れないと」
「おおー」
この人は強い女性ですね。わたしも見習いたいです。
わたしとユーリくんが恋人になった経緯とは、かなり違っています。
「男の子たちが、首長決めで慌ただしくなっていたから。ちょっと混乱している隙を狙ったのよ」
「なるほど。ナザンさんも、いきなり言われたら断らないでしょうし。周りも、それどころじゃないから反対しないんですね」
「ええ。いいタイミングだったわ」
「すごいです……アイシャさんにとっては、首長決めよりもナザンさんの方が大事だったんですね」
「ええ、まあ。女だと、首長になるのは難しいから。興味持てないのよ」
「あー。そうかもしれませんね」
決め方の問題で、確かに女性は首長にはなりにくいです。腕力の優劣で決まるものですから。
狼になったとしても、女性は男性よりも体格が小さい傾向にあるはずですし。
戦いに参加する女性もいますけれど、リーダーにはなれません。仕組みが、そうしているんですね。
アイシャさんの細い腕なら、なおさら戦いには向かないことでしょう。
ですがアイシャさんは強い方でした。
「フィアナちゃん、って呼んでいいかしら」
「はい。いいですよアイシャさん」
「ありがとう。フィアナちゃんは外から来たのよね? やっぱり、他の街も領主様や偉い人はみんな男なの?」
「ええ。圧倒的に多いです。領主様に仕える騎士さんとかは、女性もたくさんいますけど」
わたしの大嫌いな領主に仕えていた、やはり大嫌いな騎士も女でした。もう死にましたけど。
アイシャさんはわたしの答えを聞いて、ため息をつきました。
「男の子たちはみんな、自分の名誉ばっかり。だからわたしも、好きな男の子と一緒になることにしたわ。もっとも、ナザンも首長にはなれそうにないし、名前を残すことにも拘りはなかったみたいだから」
本人たちにとっては、良いことだけの婚約です。
「なるほど……立派だと思います」
「でしょ? わたしなりに、ワーウルフの里でしたたかに生きているのよ」
アイシャさんのことが、かなりかっこよく見えてきました。




