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ワーウルフの里の騒動~無能魔女スピンオフ~  作者: そら・そらら


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16/41

16.アザン

 昼間も通り過ぎた、ユーリくんの家よりも立派な家の敷居をまたぎます。

 ちゃんときれいな家です。中も掃除されているし、物が散らかっている様子もありません。


「アザンは?」

「こっちだ」


 ナザンさんが、ひとつの扉を指差しました。それを開けると、中年の男がひとり、ベッドの上に横たわっていました。彼がアザンさんです。


 中年といっても、顔つきには覇気が見えます。頬は痩せこけていますけれど、普段はもっとがっしりとした、迫力ある顔つきなのだと思います。たぶん体つきも、普段は立派なものなのだと思います。


 毒、あるいは病気のために、痛々しい姿になってしまったのでしょう。しかも、たった数日の間に。


 ユーリくんはそんなアザンさんの方へ、静かに歩いて話しかけました。

 わたしはそんなユーリくんを、後ろから黙って見守るだけです。


「こんにちは、アザン。僕が戻ってきたこと、もう聞いてる?」

「よう、坊主。聞いてるとも。里中、その話しばっかりしてるらしいじゃねえか」


 アザンさんは弱ってなお、迫力のある返事をしました。


「そう……僕、迷惑な時に戻ってきた?」

「気にするな! 俺はこの通り生きている。確かに、しくじってこんなになったが、ピンピンしてる。首長選びまてに回復はしないだろうが、その時はガザンに代わってもらうまでよ」

「……」


 首長に名乗りを挙げる候補者は、会合に出席しなければいけません。明後日の夜でしたっけ。

 アザンさんは外に出るのが厳しい体調です。いくら家族や仲間に守ってもらうにしても、会合に行けないなら仕方ありません。


 だから、動けるガザンが行くのでしょう。家長の長男なので、そうするのが正しいです。


「ガザンが、村の名前になるけど、いいの? アザンじゃなくて」

「おうよ。当たり前だろ。息子の名誉を喜ばねぇ親がどこにいる。自分のことのように嬉しいさ」


 親というのは、そういうものらしいです。


 アザンさんが、親としてまともな方なのはよく伝わりました。

 ガザンのことを信頼して、高く評価していることも。


 ユーリくんとしては、あまり嬉しくないでしょうけど。


 アザンさんも、ユーリくんとガザンの関係は知っていることでしょう。今の態度を見る限り、アザンさん自身はユーリくんに悪い感情は持ってなさそうですけれど。


「さっき、僕はガザンを倒した。顔を何発も殴って、腕に怪我を負わせた」

「ああ。若い奴が、さっき俺に知らせに来た」

「そう。僕を恨む?」

「まさか! 勝手に仲間大勢引き連れてやってきたガザンが、勝手に醜態晒しただけだ。しかも勝てると思った相手にな! いきなり押しかければ勝てるだなんて考えた、ガザンの判断が間違いだ!」


 そしてアザンさんは、豪快に笑いました。

 息子のことは大切に思っているのでしょう。けど一方、さっきの出来事はガザンが悪いと理解しているようです。


「だがな、確かにこの状況はまずい。ガザンが手下共の前で負けた。ボコボコにされたんだよなあ。敵対する派閥の奴らもそれを見ていた。アドキアとかいただろ?」

「いた」

「ゾガとキセロフは?」

「いた。しっかり、見てた」

「だよなあ。坊主、お前が誰の味方にもならないのは聞いている。是非ともそうしてくれ。となればあとは、こっちの問題だ」

「わかった。……そんなに、まずい状況?」

「そうでもねぇな。確かにボコボコにされたガザンを見て、派閥を抜けようって奴は何人かいるかもな。好機と見て引き抜こうって奴らもいるはずだ。だが、坊主が心配することじゃない」

「うん」


 ユーリくんは、アザンさんの方針については何も言わず、頷くだけでした。


「僕は、誰の味方もしないということを首長に言いたかった。首長の許可が出れば、堂々としてられる」

「そうか。わかった。うちのワーウルフたちには伝えておこう。坊主に手を出すなってな。他の派閥の奴らについても、人を遣って伝えておく」

「ありがとう」

「それの相談のために、うちに来たのか?」

「うん。それともうひとつ」

「なんだ?」

「誰に、毒を飲まされたの?」

「……」


 話の流れで当たり前のように尋ねたユーリくんに、アザンさんは少し口を閉ざします。


 本当に、少しだけでした。


「毒なんかじゃねえよ。なんだ、坊主まで馬鹿な噂を信じてたのか?」

「じゃあ、本当に病気?」

「そうだ。我ながら、酷い時に罹っちまったな。だが、誰かの悪意なんかはない。絶対にだ」

「そう。わかった」


 絶対に、わかってない口調です。本気で病気だなんて、全く信じてません。

 しかし、食い下がってもいいことはない。そう考えたのでしょう。


「もし毒なら、そんな手を使う卑怯者に打ち勝って、ガザンを首長に押し上げようとするアザンはすごいって言おうとしてた。けど、病気に負けてないのもすごい。さすが、首長」

「……おう。褒めてくれるのか。嬉しいじゃねえか」


 アザンさんの顔に、どこか寂しさが見えたのは、嘘をついているからなのだと思います。

 ユーリくんの要件はこれで終わり。あまり長居したいわけではないので、帰るべきなのですけれど。


「失礼します。ユーリくん、ガザンさんが呼んでいるわ」


 聞き捨てならない呼びかけが聞こえました。なんでしょう。どうやらわたしと同じく、ユーリくんに親しげに声をかける人がいました。しかも女です。

 ユーリくんの故郷ですし、仲のいい女性もいるでしょう。けど、あまりユーリくんに馴れ馴れしい態度だと、わたしも過激な手段を取る必要があるかもしれません。


「アイシャ」

「あ、たしかユーリくんの従姉でしたっけ」

「うん。ガザンが呼んでるって」


 二人揃ってアザンさんが寝ている家から出たところで、さっきユーリくんが教えてくれた女性がいました。


 なるほど、ナザンさんの恋人はこの人でしたか。

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