第六十話 母の死 ─摺り合わせ─
「母さんの、自殺がばれた」
他に課長と何を話したかと弟に聞かれ、淡白に俺は答えた。
何を言っているのか、何故ばれてしまったのか、うまく俺の言葉を呑み込めなかった弟は、数秒の間、眉間に皺を寄せてぼんやりしたまま俺を見つめた後に「まさか」と零れ落ちるように呟き目を剥いた。
"自殺がばれた"
俺のたったそのひとことで、弟は全てを理解したに違いない。自殺がばれたその要因も──。
「スケールシートに母さんの霊が写ってたらしい。ソフィアさんは、配属初日から知ってたみたいだけど、どうする?」
「"母さん"ってばれたのか?」
「いや、顔が俺に似てるから家族もしくは親戚だとしか、知られていない。
"母さん"とはまだ──。
明日までに心の準備してくるから見せてくれ、とだけ言っておいてそれ以外は何も話してない」
「身内が精神病で自殺したことにして、あとは、あまり話したくないって#有耶無耶__うやむや__#にしてしまえば何とか乗り切れる、か……?」
「流石に無理があるか?」などとぶつぶつ呟いて首を捻りながら弟は思案する。
個人情報は面接時に警視庁へ渡る。自分で手渡す履歴書だけが個人情報というわけではなく、警視庁が独自調査したものも含まれる。それがどういった調査書なのか、どこまで細部に記載されているのかは、おそらく上層部しか知り得ない情報だ。
十六年前のテロ事件の情報を集めるため、警視庁へ就職しようとした際に、俺はとある人物に取引きを持ちかけられた。取引き内容は難しいものでも危険なものでもなかったため、弟と相談した結果承諾するに至った。
かなり怪しかったが、そうせざるを得なかった。俺たちには後ろ盾がなかったから──。
公安部の面接を受けた時点で、俺に双子の弟がいることも、母さんが首吊り自殺していることも知られてもおかしくはなかったが、警視庁内部に紛れ込んでいる協力者のおかげかそれは知られていないようだった。その協力者とは未だに面識はなく、また、取引きに応じた人物とは、まったく別らしい。
就職前に「個人情報はこちらで操作させてもらうから安心しろ」と取引き相手から連絡が来た。それは、テロ事件の関係者だと警察組織にばれてしまえばかえって動きにくくなってしまうからだそう。
まぁ確かに。それは誰だって警戒するに違いない。それに加えて俺たちの父さんはテロ事件の実行犯ってことになってるし。
母さんの霊についても情報操作でカバーしてもらう為に後で連絡しなきゃな──。
「与える情報はなるべく少ない方がいい。中途半端に情報提供して探られるとかえって怪しまれる」
「おまえの言う精神病って、うつ病ってことか?」
「実際に診断が下ってなくても、それが身内での判断でもおかしいとは誰も思わねぇだろ?
うつ病なんて浸透してるんだし、人間関係でうつ病になって、首吊りしたってことで情報操作してもらって──。まぁ、そこは向こうと相談すればいいか。それに、ソフィアさんもそこまで探れねぇだろうし。あの人、霊と喋れねぇって言ってたしな」
「わかった。じゃあ、夕方あたりに連絡するか。情報操作にあまり時間はかからないって言ってたし、お互い病み上がりだしな」
「それもそうだな」




