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汚部屋談 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやよ、お前は自分の部屋の掃除、しっかりやっているか? 実家にいる時は俺、親におんぶにだっこの任せきりだったから、ほとんどしていないぜ。どんな状態なのかはお察しだ。

 どうも人とか呼ぶ機会がないと、掃除をする気にならないんだよなあ、俺。だって一年のうち、俺の部屋で他人が過ごすことなんか合計24時間あるか分からないんだぜ? お部屋の主様の意向が反映されてしかるべきだろ。

 一人暮らしをしていてつくづく感じるのが、「妖精さん」はいないってことだな。掃除もゴミ捨ても、やったらやった、やらないならやらないで、厳然たる事実がそこに残る。誰も入っていない証拠にな。

 だからよ、たとえ見慣れた風景だったとしても、しっかり記憶にとどめておいた方がいいぜ。俺たちのねぐらが無事であることを確かめる意味でもな。それに関する俺の昔話、聞いてみないか?

 

 今をさかのぼること、だいぶ昔。いよいよ俺の一人暮らしも板についてきた、大学三年生の頃。

 俺の部屋は、これまでにない散らかりようだったが、それ以上にほこりの山がひどい。布団周り、パソコン周り以外は、大小のほこりがてんこ盛りだ。通学の時に使う鞄はまだ幾分かマシだが、久しく使っておらず転がしているものの溜まり具合は、持ち主である俺すらためらうほどだ。

 そう考えると、人様のきちゃない物に触れなくてはいけない清掃業者さんには、頭が下がるよ。自分のですら嫌なのに、これまで関わりがなかった誰かさんのテリトリーにあるものが相手だなんて。

 俺、ぜってーに介護関連とかできないわ。そう心に強く感じる瞬間だったさ。

 

 ある日。敷きっぱなしの布団の上で、寝転びながら雑誌を広げていた時だ。玄関の呼び鈴が響き、俺は怪訝そうに顔を向けた。

 俺に対する来客は、かなり限られている。親だったらノックプラス、俺の名前を呼ぶだろう。友達には誰もこの場所を教えていないし、あり得るとしたら宅配便程度。サイン用のボールペンを握りつつ、俺は玄関へ。

 だが外にいたのは宅配員じゃなかった。おそらくは高校の制服と思われるセーラー服を着た女の子。どうやらこのたび隣に引っ越してきたらしく、挨拶回りをしているようだった。   

 顔もなかなか可愛いが、あいにく当時の俺は年上の魅力に参っている頃だったので、それ以上の感情は湧かない。俺の部屋を後にすると、今度は向こうの部屋の呼び鈴を鳴らし出す。また同じように挨拶をしているようだった。

 それから何日かは荷解きをしている音が、かすかに隣の壁から響いてきたな。洗濯物を干す時に見た隣のベランダには、これまではなかった鉢植えが三つ置かれていたよ。


 ところが、タオルの存在がほとんど忘却の彼方へ去っていた、十日後のこと。その日は講義が早い時間で終わり、友達と遊ぶ予定もなかった俺は自宅へ直行した。

 二階建てのアパートは、当時の俺よりやや若いくらいの築年数。建物の壁を周り込むように取り付けられた二階への階段を上ると、すぐ近くでドアの開いた音がする。

 俺は自分が住んでいるアパートの人と、さほど交流をしていない。そのせいで、顔を合わせるのをどことなく気まずく思っていたんだ。俺はすれ違いを避け、来た道を戻ろうとする。

 しかしだ。ドアを確かに出た足音は鍵をかけた後、何歩も歩かないうちに再び別のドアを開け、そのまま消えていってしまう。知り合い同士で、このアパートに住んでいるとかだろうか。

 さっと俺は頭を出して、先に伸びる廊下と並ぶドアたちに目をやる。わずかに閉じる瞬間の動きを見せたドアがあった。俺の部屋の隣、ここから見て4番目の部屋だったよ。

 閉じかけた戸のすき間からは、セーラー服の端ものぞいていた。もしかしたら、あの挨拶に来た彼女かもしれない。

 

 ――ここの誰かと、もうお近づきになったんか? うらやましくなるコミュ力だな。

 

 わざわざ部屋に押しかける理由もなく、俺は自室のドアを開く。

 

 そこは俺の部屋であって、俺の部屋じゃなかった。

 昨日まで溜まっていたわたぼこりが、どこにもない。玄関とキッチン近くはもちろんのこと、俺が寝る部屋に固まっていたものたちも、まとめて姿を消している。ただのほこりじゃない。自分の抜けた体毛がところどころに絡んだ、おぞましささえ感じる形態のものさえ根こそぎだ。

 

 ――彼女の仕業、なのか?

 

 俺はとっさにそう考えた。

 合鍵を用意したこと。掃除をしてくれたこと。それでいて誇ったりするわけでもなく、さりげなくかたして、平然としていること。

文字で書くと、かいがいしさを覚える人もいるかもしれないが、俺は怖さの方が勝る。

 こちとら彼女の引っ越し初日に、多少声を交わしたっきりの間柄だ。その部屋の合鍵を作るという時点で危ない空気がプンプンなのに、掃除までしてくれるとはどういう了見だ。

 

 まだ推測に過ぎない事実ではあったが、俺は即、大家さんに相談。鍵の交換を申し出たんだ。費用を俺が負担すること、退去する時には現状をしっかり回復させることなど、ちょっと面倒な条件を出されたが、我慢して飲み込んだ。

 鍵を取り替えてから、ほこりが勝手になくならなくなった。不潔なことなのに、俺は少々、安心感を覚えたよ。だがそれからも油断なく、俺はアパートへ帰る時には聞き耳を立てつつ、気配を探ることを心がけていたんだ。

 帰ってくると、やはりどこかしらのドアを開けている音がすることがあった。何度目かでついに現場を押さえることができたんだ。

 犯人は予想通り、彼女だったよ。その日は、俺が外階段の上がり口から頭を出しかけた時、向かって一番奥の部屋のドアが開いて、セーラー服を着た彼女の姿が。

 俺はさっと頭を引っ込め、三拍ほどおいて改めて動き出す。あたかも、たった今階段を登ってきたかのように見せかけるためだ。その場で軽く足踏みをして段を鳴らす工作をして、俺は廊下に身を乗り出した。


 うつむき気味でこちらへ歩いてくる彼女は、手に服屋で買い物する時によくもらう、大きめのビニール袋を持っている。濃いベージュに染まった外観は透けておらず、中身は分からない。

 俺と彼女、ほぼ同時に自室の前まで来る。ペースを合わせた。彼女はようやく俺に気がついたらしく、はっと顔を上げる。「どうも」と頭を下げると、彼女もそれにならう。

 本来ならこれで終わりのやり取りだが、俺は緊張を途切れさせない。彼女は頭を上げ直したきり動かず、俺の方を。厳密にはその手を見ているようだった。

 おそらく、鍵を取り出すのを待っているんだと、感じたね。用意した鍵が合わなくなり、俺の取り替えた新しい鍵の姿をその目に刻むことを望んでいるのでは、と。

 絶対音感の人間がこの世にいるんだ。絶対五感、絶対複製術のような恐るべき能力を備えている人間がいても、おかしくないだろう。俺はずっと警戒していた。


「――近く、お邪魔をするかもしれませんよ」


 少し見つめ合った後、やがて彼女はそういって自分の部屋のドアを開け、中へ入っていく。

 俺の考えていることを、当てたのか? やはり自分こそが部屋に侵入した犯人であり、挑発の意味で、遠回しに自分が犯人であると言いたげな言葉を……。


 俺は彼女のドアが完全に閉まるのを待って、素早く自分の部屋へ。

 今日はさほど暑くなかったのに、服にべっとり汗をかいている。替えのシャツを取り込もうと、俺は鞄を置いてベランダへ出た。


 その時だった。物干し竿にかけたシャツに手をかけるや、うなじに衝撃を感じたんだ。

 雨粒なんかじゃない。もっと重く、粘り気に富んだもの。「なんだ?」と見た俺の頭の上、1メートル足らずのところに、果実がなった細い枝が伸びていたんだ。そこには黒々と染まった、トマトほどの大きさの実がちらほらと……。


「お邪魔しますよ」


 あの彼女の声がした。ふと、隣のベランダを見ると、彼女が手すりに乗ってこちらのベランダへ飛び移ってくるところだった。

 数メートルは開いていたベランダ同士の間隔を、軽々越えてくる彼女。その後ろからのぞくのは、並んだ三つ鉢植えだったが、一番手前側のものが「枝を吐いている」。

 鉢の口から触手を思わせる何本もの枝が伸び、曲がりくねっている。屋根を越えて伸びているものも確認でき、俺のベランダに張り出しているのも、その一本だったんだ。風も無いのに、それらはひとりでにうねっている。


「もらいます。ほんの少しでいいから」


 彼女は開いた窓から、俺の部屋へ侵入。布団カバーの隅にくっついていた髪の毛とほこりが融合しかけた塊を、素手でつまみ上げる。そしてまたベランダから飛び移ると、枝が暴れる鉢植えの中へ、髪の毛たちを突っ込んだんだ。


 すると、枝の動きがいったんピタリと止んだ後、自動で巻き取られる掃除機のコードのように、踊りながら鉢の中へと戻っていく。俺のうなじに実らしきものが落ちてから、わずか10秒足らずの早業だった。

 彼女はため息をつきながら、ベランダから身を乗り出して、あたりを見回す。どうやらこの枝を目撃して、騒いでいる人がいないか確かめているようだった。

 

 直後、彼女に聞いたんだが、あの鉢植えで育てている「もの」は人の生活で出る、ほこりや抜けた髪を肥料にしているらしい。今の俺たちは、ただそういうものだとだけ、理解しておいた方がいいとか。

 いろいろと試したところ、俺の部屋のものが、最も相性が良かったとか。鍵を換えられて入れなかった時、他のもので代用してみたが、今日、それらが意味を成さないことがはっきりと分かったんだ。その上で、彼女は改めて俺に毛やほこりの提供を申し出てくる。

 それから彼女が引っ越すまでの一年間。俺は彼女の所望するものを用意し続けたよ。下手な追及はよしておいた。

 きっと彼女はあの鉢植えに、より合った環境を求めて、今もさまよい続けているんじゃないかと思うよ。


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                  近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] 怖っ! ある意味、鉢植えよりも女子高生の方が……。これって、不法侵入になるんじゃ……!? こういうのは実際にもあるみたいだし、一人暮らしなのでかなり怖いですね。 それにしても、そんな目に遭っ…
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