七拾七
6月15日(金)?時??分
ゆっくりと落ちていく宮崎。
その手は未練がましくさっきまで掴んでいたアンテナの方に向かって伸ばされる。
「あ……」
何かを叫ぼうとしたのか口を開いた宮崎だったが、言葉を発する前に黒々とした波に呑み込まれてしまった。
飢えたゴ、…ジョニーの大群は、降ってきたご馳走に向かって一斉に群がっていく。
その時、
ジョニーの大群の下、宮崎が埋もれたちょうどその位置から、突如として巨大な生物が飛び出した。
その生物は不格好な口からどす黒い炎を吐き出し、ジョニーの大群を焼き尽くした!
6月15日(金)?時??分
ドクン、ドクン、
ドクンドクン
ドクンドクンドクン
黒々とした波に呑み込まれた瞬間、おれの中で眠っていた存在が目を覚ました。
1秒にも満たない刹那の世界で、¨そいつ¨は産声をあげる。
長年の呪縛を、拘束を振り払うように全身を震わせ、かつておれ自身が封印した¨そいつ¨が目を開く。
あ゛あ゛あ゛
声とも言えない呻きを洩らし、獣のように叫ぶ。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!
瞬間におれの体は人としての枠組みを越えた存在に身を堕とした。
背中からは不格好な翼が飛び出し、両腕の脇の間に薄い膜が張る。
骨格は悲鳴を上げてねじ曲がり、筋肉は怒声を上げて進化する。
首からもう一つの首が生え、腰のあたりから歪な尾が伸びる。
体の奥底から沸き上がってくる衝動を吐き出せば、目の前の景色を全て焼き尽くす炎となった。
周りからはおれが悪魔の化身のごとく見えるかもしれない。
だがそんなことどうでもいい。
何もかもがどうでもいい。
ありとあらゆることがどうでもいい。
無表情に、無気力に、無感動に、、
不気味に、不自然に、不完全に、
おれは化け物になった。
6月15日(金)?時??分
「灰も塵も存在すらも遺さず燃やし尽くしてやるよ、下等生物どもが!!」
胸が圧迫されたように苦しい。
頭が割れるように痛い。
だがこれは懐かしい感覚だった。
「消え失せろ!!」
おれの吐き出した炎に、地表を覆っていた黒い影は抵抗する間もなく消滅する。
もはや立場は逆転した。
逃げ惑え、出来損ないが!!
もう何年も前、
おれが最も荒れていた頃の感覚だ。
毎日がくだらなくて、意味がなくて、早く終わって欲しかった。
友達なんていなかった。
いや、何人かはいたけれど、おれのことを止めてくれるやつなんていなかった。
毎日毎日喧嘩して、苛立ったら暴力を振るった。
家にいても、学校にいても、居場所なんてないと、独りで壁を作っていた。
今から思えばなんてくだらないことをしてきたのかと思う。
どれだけの時間を無駄にしてきたのかと思う。
でもあの頃はああすることでしか周囲におれの存在を示すことができなかった。
今でこそこうやってマイペースにやってこれているが、こんなの高校に入学してから身についたことだ。
この学校に、おれの過去の全てを知る者はいない。
やっとおれは過去の自分を捨てることができたと思っていたのに、
所詮、都合のいい思い込みだったってことか…。
今のおれは、間違いなく過去のおれに戻っている。
とにかく目の前のものに当たり散らしてしまいたくて押さえのきかなかったあの頃に。
6月15日(金)?時??分
「…¨覚醒¨したか」
鏡の中では、まさに悪夢を具現化したような化け物が破壊の限りを尽くしていた。
すでに街は半壊し、地表を覆っていた存在はあらかた片付いている。
カリヤは興味深げに鏡を見ていたが、すぐに他の鏡に視線を戻す。
¨覚醒¨したのはこの生徒だけではない。
他にも十数人の生徒がそれぞれの¨覚醒¨を済ませている。
早い者では既に第一の試練をクリアし、さらに第二の試練もだいぶ攻略している。
そもそも第一の試練の難易度はそれほど高くはない。
ただ¨絶対に向き合いたくない¨、¨自分には無理¨だと思い込んでいる存在を
真っ向から受け止め、対処するだけでいい。
それでもその存在は挑戦者のトラウマそのものなのだから、手こずるのも無理はないが。
「……。」
しかし、先ほどの鏡に映っていた生徒はトラウマが連鎖して身に余る存在となってしまったようだ。
このままでは遅かれ早かれ自滅するだろう。
カリヤは無言で近くの鏡に左腕を突っ込み、甲高い声で何事か叫ぶ少女を引きずり出した。
そして何の説明もなく先ほどの鏡に向かって放り投げる。
少女は抵抗する暇なく鏡の中に吸い込まれていった。
6月15日(金)?時??分




