五拾九
5月29日(火)0時??分
バルコニーで三者の視線が絡み合う。
最初に口を開いたのは少女だった。
入り口に立つ青年、阿部を指差すと耳に響く甲高い声で叫ぶ。
「あー!!お前、さっき吹っ飛ばしたやつ!カリヤ、こいつだよ!落とされたときに闘ったやつ!」
「闘ったっていうか、お前が一方的に殴り飛ばしただけだろうが」
「……。」
「だってお前「小さい」って言ったじゃん!じゃあ殴られても文句ないだろ!」
「どういう理屈だ…」
幼稚な口論を繰り広げていると、沈黙していたカリヤが口を開いた。
「……。懐かしい、気配だ…」
「……!分かるか?」
無表情に阿部を見つめるカリヤと、好戦的な笑みを浮かべてカリヤを睨む阿部。
その様子を少女はただ不振そうに見ていた。
「……?二人して何だよ!男同士で見つめ合うとかキモッ!!」
「「……。」」
少女の一言に一瞬無言になる阿部とカリヤ。
だが次の瞬間にはカリヤは傍らの少女に向かって手を伸ばし、阿部は腰の日本刀の柄に手をかける。
「…剣に《戻れ》、デュラン」
「はっ!…やるか!」
両者の間に一髪触発の空気が流れる。
濃密な殺気が空間を占め、バルコニー全体がかすかに微震を始めた。
『ちょ、ちょっと!何がどうなってんの!?てかカリヤ!いきなり戻してんじゃねー!!』
「「……。」」
先ほどとは別の理由で両者は口をつぐんでいる。
一瞬でも注意が逸れることがあれば、瞬く間に互いの切っ先は急所を貫くか切り裂くだろう。
しかし不意にカリヤは緊張を解くと、少女、デュランを床に突き刺した。
「…今は時にあらず。…そんな腑抜けたお前を相手にしている暇はない」
どこかつまらなそうな様子のカリヤを見て、阿部、いや、鬼丸は自身を鞘に収めた。
「…ちっ」
阿部の体を借りて動かしているとはいえ、今の状態では実力の一割も発揮できないだろう。
それに本体になろうにも今の¨欠片¨の総量では数分保てばいいほうだ。
戦うとなれば1分をきる。
さらにカリヤの言う通り、今はその時じゃない。
「今回のゲームでやっと俺は解放される。その時はお前を殺してあいつらも解放する。それまで首を洗って待ってろよ」
「…お前一人では不可能だ。…他の4人全てを倒せるだけの実力をつけて出直してくるんだな」
「……。てめぇは俺の刃で必ず殺す」
そう言って鬼丸は踵を返し、出入り口に入る直前に神速で抜刀した。
抜き出された刀身は瞬きにも満たない時間で元の鞘に収まり、鬼丸は何事もなかったようにその場を去っていった。
「…訂正しよう。想像以上だ」
カリヤの呟きに大剣の状態のデュランは疑問符を頭に浮かべた。
『?今あいつ何かしたか?居合いでもやったように見えたけど…。でもこっちには届いてないよな?』
「…あれを見てみろ」
カリヤがバルコニーの外の景色を指差す。
その方向には巨大な観覧車がある。
いや、正確には巨大観覧車があった。
そこには今まさに半分になって倒壊する観覧車だったものがあった。
『……!?な、何がどうなってんだ…?』
「……。」
何も答えなかったが、カリヤの目にはしっかり鬼丸の動作が見えていた。
抜刀された刀身には高密度な¨欠片¨が巻きついており、振り払われた瞬間¨欠片¨は姿を変えた。
刃の軌道上に長く長く伸び、結果数百メートルにも及ぶ刀身を形成する。
それが観覧車を両断し、鞘に収まる瞬間に元の¨欠片¨に戻ったのだ。
しかもそれだけではない。
あの観覧車の下には阿部と同じナンバープレートをつけた生徒がいた。
鬼丸はこの場から離れることなく標的を倒してみせたのだ。
並大抵な実力でできることではない芸当だ。
鬼丸は最小の¨欠片¨で最大の結果をカリヤに見せつけたのだ。
今の鬼丸は全盛期の一割にも満たない。
それを鬼丸は技術と鍛錬のみで補った。
カリヤは傍目にも分かるほどの笑みを浮かべた。
「…放送の用意を」
今の鬼丸の一撃により、目標人数に達した。
残り人数108人。
まだ決着がついていない参加者が4組ほどあるが、カリヤは構わずに三回戦終了を宣言した。
5月29日(火)0時??分




