四拾九
外国語棟三階、大会議室にて、あまりに現実離れした激しい闘いが繰り広げられていた。
部屋中に巡らされた鎖、所々陥没した壁、至る所に刻まれた亀裂。
部屋の中央では現在進行形で傷跡が量産されていく。
残り時間は5分を切り、両者共に焦りが見え始めた。
先に集中力を切らした方が負ける。
両者は残りの力を全て目の前の相手に向けていた。
5月22日(火)0時55分
オレが足元の鎖を使って背後にある椅子をクマ仮面に向かって放つと、クマ仮面は素早く身を伏せてそれをかわす。
そして伏せた状態から今度は鎌の先端についた鎖をしならせて錘をこちらに放ってきた。
「……!」
オレはそれを棍で叩き落とすと分裂させた多節棍の鎖を使って、迫ってきたクマ仮面の鎌を受け止める。
キィインッ!
軽く火花を散らしながら鎌と鎖は悲鳴を上げる。
左手に持った棍棒は両手で鎖を掴むために手放してしまっているため使えない。
オレはわざと鎖を緩めて鎌を奪い取ろうとしたが、読まれていたのかクマ仮面はすぐに後ろに引いてしまった。
一進一退な攻防は既に5分ほど続いている。
待ち伏せして充分な仕掛けをしていた分こっちのが有利のはずだったが、体の方が万全ではなくあっさりと対等な闘いにされてしまった。
おそらく万全な状態であれば最初みたいにごり押しでもいけたと思うけど、今は余分な¨欠片¨が残ってない。
残り時間もほとんどないし、そろそろ仕掛けないとまずい。
『裕ちゃん、ここは一か八か私が…』
鎌と棍棒の鍔迫り合い状態から抜け出した直後、舞霞がそう提案してきた。
「No!もう¨欠片¨もほとんどないし、無理。それならいっそ…」
そこまで言ったところで再び錘がオレの顔面に迫ってくる。
「うわっ!」
とっさに棍棒で弾くが、錘と同時に迫っていたクマ仮面が鎌を振りかぶったのを見て体勢を崩した。
『裕ちゃん!』
容赦なく獲物を切り裂く鎌。だがそれはオレの命まで刈り取る一撃にはほど遠かった。
体勢を崩したのが幸いして、首の表面の皮膚を浅く裂き、ワイシャツの襟を切断するに留まった。
オレは背後の鎖を操って体を受け止めさせつつ、クマ仮面の胴体を思いっきり蹴りつけた。
「うぐっ!」
そして数歩後退ると、そのまま少し距離を取ってこちらの様子を窺ってきた。
鎖を縮めて立て直すと、ふとアイデアが思いついた。
「舞霞、今からもう一度懐に飛び込んできてもらうから、合図したらまた自力で動いて」
オレが舞霞にだけ聞こえるようにそう呟くと、慌てたような雰囲気が伝わってきた。
『あ、危ないよ、裕ちゃん!もし…』
「いいから。合図したらあいつの動きを止めてね」
『まっ…』
舞霞の返事を待たずにオレはクマ仮面に向かって飛び出した。
そして床に散らばっていた多節棍のひとつに足を捕られて転びかかる。
「うわっ!?」
『裕ちゃん!!』
「もらった!」
クマ仮面はそう叫ぶと一気にこちらとの距離を詰め、今度こそはオレの首に鎌を振り下ろした。
ガキンッ!
「なん!?っ」
必殺の一撃はオレがバレないように首の裏を覆っていた細かい鎖の層に阻まれた。
「舞霞!」『!』
オレの合図と共に舞霞がクマ仮面の全身に巻き付く。
それに驚いたクマ仮面が思わず鎖鎌を手放した。
オレは顔をすぐ脇を落ちていくそれを掴むと、振りかぶってクマ仮面の首に深々と突き刺した。
「がぁ?」『!!?』
クマ仮面の驚きの混じった声と、クマ仮面の【神器】の驚愕が伝わってくる。
そしてすぐにクマ仮面からは淡い光が立ち上り始めた。
「Good-bye.…強かったよ」
オレはクマ仮面が消える直前にそう呟いて、床に落ちた鎖鎌に手を向けた。
「《我其が願いを喰らう者 我が夢幻の糧となれ》!」
鎖鎌がオレの一部になったのを感じると同時に、なんとも言えない感情が心の中で吹き荒れた。
ともあれ…
「ふぅ、第二回戦突破か。楽じゃないね…」
残り時間たったの1分になった時計を見て、他の二人の安否が気になった。
5月22日(火)0時27分




