百九拾八
7月10日(火)1時05分
病院の屋上
病院に宮崎を送り届けたレオンハートは、学校から始終¨脚力のみで¨バイクを尾行してきていたものと戦っていた。
阿部は知る由もなかったが、時速100近いスピードで走るバイクの後方にはビルの屋上やトラックを足場にバイクを追う影があった。
阿部は蛇行しているように感じていたかもしれないが、レオンハートは影に向かって何発も牽制の弾丸を打ち込んでいる。
一度トンネルで撒くことはできたが、どうやら病院に着いたところで追いつかれたらしい。
「まったく、想定外だよ』
無理な稼働によって体中至る所の筋肉や神経がズタボロになった追跡者は言った。
その片足にはレオンハートが打ち込んだ銃弾の弾痕がある。
追跡者はとくに痛みを気にした様子も、そもそも痛みを感じている様子もない。
村正によって支配下に置かれている。
そして今は意識に断罪のものが割り込んでいる。
口からは表情のない顔には合わない感情のこもった声が吐き出される。
端から見たら精巧な蝋人形にテープレコーダーを仕込んだようにも見えた。
「せっかく阿部君に意味深なセリフを言って格好付けたのに、いきなり割り込んでこないでもらえるかな?』
あくまで口調は軽く、しかし含まれた感情は黒い。
追跡者はどこからともなく日本刀、【村正】を出現させ、じりじりとレオンハートに迫る。
「これ以上邪魔をできないよう、君にはここで退場してもらう』
「……。」
村正を構える追跡者に対してレオンハートは手ぶらだ。
持っていた銃は弾丸を使い果たし今、バイクに収納してある。
護身用のナイフは懐に隠し持っているが、レオンハートは使う気がないようだった。
追跡者とレオンハートの距離が10メートルを切った時、いきなり屋上の扉が開いた。
動きを止める追跡者。
レオンハートは入って(出てきた?)人物に見向きもしない。
「レオン、ここは切り離してきた。思う存分いけるよ」
そう言って士土は弾丸の補充された二丁の銃をレオンハートに向かって放った。
「おう」
追跡者から目を逸らさず、見ないで飛んできた銃をキャッチする。
追跡者はいつの間にか聴こえなくなっている虫の鳴き声に気づいた。
病院内からも人の気配を感じない。
空間ごと切り離され、どこか【無制限共有フィールド】に似た、限られた世界が創られている。
「…何者だ』
ここにきて初めて追跡者は敵意を殺意のレベルにまで引き上げた。
その問いに答えたのはいつの間にか取り出した30cmほどの十字架を両手で弄んでいた士土。
「一応、一般人」
その一言に納得がいくわけのない追跡者は彼女に村正を向ける。
「そんな答えで誤魔化せるとでも?ただの一般人がこれだけのことをできるはずがない。…ゲーム参加者か?』
「違うよ」
彼女はあっさり答えて、持っていた十字架をしまう。
「正確には、ちょっと、違う」
「なに?』
「このゲームに関して言えばわたしたちは君よりも詳しい。といっても思い出したのは最近だけど」
「何を言って…』
「…「シャドウテイル」」
士土とレオンハートの声が重なった。
「黒い影の狐が追う自らの尾。意味分かんないけど一応リーダーがつけた名前だから気にしないで。多分自らの尾を呑み込もうとする円環のウロボロスからでも取ったんじゃない?」
「お前たち…本当に何者だ?そのリーダーってのは、もしかして阿部君のことか?』
「さあね」
士土は嘆息し、どこか遠くを見た。
「少なくとも今のわたしたちにリーダーはいない」
そう言って彼女は追跡者に顔を戻す。
「とはいえあいつからの最後のお願いだし、あんたにはしばらく大人しくしていてもらう。少なくともあの阿部ってやつの気持ちの整理がつくくらいは」
しばしの静寂。
この後どのようなやりとりがあったにせよ、次の試練まで、13日の金曜日までは阿部の前に断罪は姿を現さなかった。