百九拾六
7月9日(月)23時55分
俺は病院の集中治療室の前のイスに座ったまま、何も考えられずに、ただぼーっとしていた。
何も考えたくない。
すでに何時間も続く手術だが、可能性は限り無く、もはやゼロと言っていいほどに低い。
そもそも手術をする意味があるのかすら分からない。
俺はただただ手術が終わるのを扉を隔てて待っていることしかできない。
7月9日(月)12時30分
爆発し、炎上したトラックを眺めながら、俺の心を占めるのは…
コレハダレノセイダ?
(俺が断罪に目をつけられなければ…)
ナンデツネガコロサレナキャイケナイ?
(俺がもっと強ければ…)
ドウシテオレハナニモデキナイ?
(俺はつねを助けられなかった…)
フクシュウダ、ツネノトムライニコイツラゼンインノクビヲササゲヨウ
(だけどそんなことに何の意味がある?)
ジャアコノママナニモセズニイルノカ?
(こいつらは断罪に操られていただけだ)
ソレデモコイツラノセイデツネハシンダ
(まだ死んだと決まったわけじゃ…ない)
ソレデモアレダケノキズダ。オソラクニドト…
(…っ!)
オレニスベテマカセロ
オレガオワラセテヤル
(お前は一体…)
オレハオマエサ
ツヨサヲモトメルオマエ…
サァソノミヲユダネロ
(……)
駄目だ、と思った。この黒々とした感情に身を任せれば、おそらく戻ってはこれない。
この感情は知っている。
鬼丸からも聞いている。
ちいが目を覚ましていない今、おそらく俺を止められる者はいない。
だから全力で押さえつける。自分自身を。
俺の体から発せられる黒い感情の渦を封印しようとする。
「阿部君!?」
近くで舞霞の驚く声。
多分抑えきれない感情が外に漏れ出てしまっているのだろう。
かすかに怯えたような表情をしている。
だが直後舞霞の視線は俺の背後に向けられた。
同時に俺も気づいた。
唐突に背後に現れた忘れがたい気配に。
「阿部君!!」
ちいを抱えたままで動くことのできない舞霞は、声を出すくらいしか反応できない。
そして俺も自分自身を抑えるのに必死で迫る脅威に対応する余力がない。
辛うじて動かした瞳に映るのは、こちらに向かって振り下ろされようとしている日本刀。
¨今の¨村正の持ち主の顔は逆光で見えない。
俺は死を覚悟した。
ドゥルルルンドゥルルル…
その時一台のバイクがワゴン車が衝突したことによって壊れたフェンスを乗り越えて飛び込んできた。
ドリフトするように停車したバイク。
そしてバイクに乗った人物は黒光りする大型の拳銃を右手に構え、村正に向かって発砲した。