百九拾
7月8日(日)10時05分
都内某病院
「いや~、はは( ̄∀ ̄)
よく考えたらおれ、重傷だったわ」
病院に搬送されたつねはベットから上体を起こしてふざけてるのか分からないような口調でそう言った。
昨日最初の着信があった一時間ほど前、つまり10時から11時くらいに、俺の妹は背後から猛スピードで迫ってきた白いワゴン車に弾かれそうになったらしい。
妹は何があったのか理解できていなかったらしいが、少し離れた位置で見守っていたつねは一瞬で状況を把握。
ワゴン車と妹の間に飛び込んだらしい。
「よく生きてたな…」
「さすがに後先考えてられなかったね(笑)微量の¨欠片¨を察知できなかったら間に合わなかったよ」
どうやらワゴン車を運転していたのは断罪か、その仲間で間違いなさそうだった。
一応通報したらしいが、まだそのワゴン車は見つかっていない。
トンちゃんさんが記憶していた車のナンバーを警察に伝えたところ、数日前に盗難届けが出ていたとのこと。
詳しく聞くと、間一髪妹ごと向かい側に転がったつねは車相手の追跡を断念、妹の安全を確保することを優先した。
幸い妹にはかすり傷一つなかった。
どうもつねが抱え込むようにして自分の体を下敷きにしたからほとんどダメージがなかったらしい。
まあやむを得ない状況だし、妹に触ったことは流そう。
しかし誤算だったのが…
「全治二週間だってさ(笑)」
あろうことかつねは三日月に呪いを解いてもらってから病院に戻っていなかったのだ。
それで完全に塞がりきってなかった傷跡が受け身を取った際にぱっくりと開いてしまったと。
妹を助けたはずが、車に接触すらしていなかったにもかかわらず全身血まみれ。
逆に妹に救急車を呼んでもらう始末。
「しまらないな~…」
最悪の場合を想像していた俺はそのことを知って一気に気が抜けてしまったくらいだ。
でもまあ無理をした体はボロボロで、危うく出血多量で死ぬ可能性もなくはなかったらしい(汗)
数日はまた様子を見ないといけないと医者から厳重注意されたそうだ。
まあ妹のことを命を張って助けてくれたのは感謝してるけど…
(それより問題は…)
断罪の脅迫ははったりではなかった。
俺の監視が離れた途端に妹が襲われた。
その事実に俺は唇を噛み締める。
久々のデートだと浮かれて妹と、つねのことを危険に晒してしまった。
俺の考えが甘かった。
「……、……っ!」
そこで俺はあることに思い至った。
もしかしたら俺自身が監視されていたのかもしれない、と。
だとしたら俺はむざむざ断罪にちーのことを知らせてしまったのかもしれない。
もし断罪が俺に付き合っている彼女がいることは知っていても、顔や名前、住む場所までは知らなかったのだとしたら…!
そして昨日俺たちも監視されていたのだとしたら…!
「どったの阿部ちゃん?」
つねが怪訝そうに聞いてきたが、答えられなかった。
とりあえず理由をつけて退室した。
うまく誤魔化せた気がしない。
俺は電源を切っていた携帯が起動するのももどかしく、登録されているちーの番号をプッシュする。
プルル…
気が遠くなるような呼び出し音。
「くそ!」
20秒ほど経過した段階で切ろうとすると、
[もしもし]
「ちー!?」
繋がった。
俺はちーが今どこにいるか、何か不振なことがなかったかなど、いくつか聞いて通話を終えた。
「よかった…」
脱力した。病院の通路だが壁に背を預けて座り込む。
どうやら杞憂だったらしい。
俺は安堵からくる油断で背後から迫る足音に気づかなかった。
スッ
「!!?」
いつの間にか俺のすぐそばに立っていた人影が手紙を差し出してきていた。
「お前…!」
そいつは断罪の取り巻きの中で見かけたことのある生徒だった。
そいつは無言で立ち去り、後には手紙と、座り込んだままの俺だけが残された。
しばらく呆然とし、慌てて手軽を読む。
[一晩だけ猶予をあげよう。明日の正午までにいい返事を待ってる]
俺は床に座り込んだまま長い間何も考えられなかった。