百八拾九
7月7日(土)11時32分
俺は渋谷の街をちーと一緒に歩いていた。
日差しは曇りがちな空のおかげでそれほどではない。
アスファルトから立ち上る熱気はまだ7月が始まったばかりだというのに若干鬱陶しい。
何故俺がちーと二人で休日に出かけているのかと言うと…
いや、普通にデートです。
七夕だし、休日だし、久しぶりに会えるからもうテンションMAX!
…ゴホン
閑話休題
久々のデートとはいえ、一応ちーは断罪に狙われている。
十中八九大丈夫だとは思うが、こうして直接守っていたい。
ちなみに妹のことはやや不安だがつねに頼んだ。
人選的には舞霞にするべきだとは思ったが、「ごめん、明日は裕ちゃんに七夕デートさせるんだ!」と俺と同じ理由でこうなった。
つねは顔に笑顔を貼り付け血の涙を流しつつ、
「楽しんできなよお二方!事故に遭って死ね…じゃなくて思い出作って爆発しろ!」
誤魔化しようのない負の感情をたぎらせていた。
今頃短冊に不吉な血文字でも書き込んでないか心配だ。
とはいえ本当に久しぶりのデートだし、心配ばかりしていても仕方がない。
少し早いが、ある程度下調べをしておいたファミレスにでも向かうか。
7月7日(土)11時40分
やや強い日差しが照りつける街中。
ファミレスへと入っていく阿部たちのことを監視する複数の視線があった。
一つは阿部たちが駅で合流したときから一定の距離を開けて尾行していた青年のもの。
街の雑踏に紛れているその青年からは、およそ表情や感情といったものは感じられない。
やや強い太陽の日差しにもこれといった反応も示さず、ただただ無言。
時折立ち止まってどこかに電話をかける以外に無駄なことは一切しない。
もう一つの視線はフルフェイスのヘルメットをかぶった、全体を黒で統一した、バイクに腰掛けたライダースーツの人物。
この人物からもおよそ表情も感情も感じられない(フルフェイスなので当然)。
時々耳元を抑える動作をしていることから、マイクのようなものを仕込んでいるのが分かる。
ほぼ全身とバイクをブラックで統一されているため、ライダースーツの中は真夏のように蒸し風呂状態だろうことは想像に難くない。
どこか信念のようなものすら感じられる。
食事を終えて出てきた阿部たちをそれぞれは無言で監視し続ける。
しかし途中でフルフェイスのほうは胸ポケットから取り出した携帯の着信に出ると、しばらくして無言で携帯を切り、同時にフルスロットルで街中へと姿を消した。
一方で無表情の青年は最後まで無反応のまま阿部たちが再び駅に消えていくまで監視を続けた。
まだ鳴き始めたばかりの蝉の鳴き声は渋谷の雑踏に紛れて響かない。
7月7日(土)17時時15分
一日中歩き回ったこともあり、まだ日のあるうちにちーと別れることとなった。
駅の改札でちーを見送り、デートの最中はマナーモードにしてチェックしていなかった携帯を確認する。
そこには数件の着信とメールを知らせる表示があった。
慌てて確認してみると着信は自宅と母親から。
メールの内容は…
From:母親
sub:
[宮崎君がひかれそうになった○○(←妹の名前)のことをかばって病院に運ばれたみたい。
詳しいことは分からないから、病院から帰ったら話すね]
メールの内容を理解するのに十数秒。
慌ててすべての着信を確認する。
最初の着信は12時頃。
ちょうどちーと昼飯を食べていた時間だ。
今更というか、あの時点では俺にはどうすることもできなかった。
とにかく俺は急いで家に帰ることにした。
メールの内容と着信の間隔からして、つねにもしもの場合があった可能性は低いと思う。
それにつねはそう簡単にやられるようなやつじゃない。
俺はあの無個性な断罪の顔を思い出そうとして失敗し、メールで思いつくかぎり情報を集め始めた。