百八拾四
7月2日(月)10時00分
突如として周囲のざわめきが耳に飛び込んできた。
緩やかな熱気が体を包み込んでくる。
「っ!」
意識が戻ってすぐ振り向いたが、微かな気配を残してすでに断罪はいなくなっていた。
意識のない状態で数秒直立していたせいか体が傾きかけている。
体勢を立て直して見回すも目当ての人物はどこにもいない。
あれだけ特徴のない顔をしていては、他の生徒に紛れ込まれたら見つけられるわけがないか…
周りを囲んでいた生徒もすでに他の帰宅する波に紛れてしまっている。
『小僧』
「(鬼丸!)」
周りには一般の生徒がまだまだいるので声をださないで対応する。
『厄介なのに目を付けられたな』
「(まったくだよ…。てかどうして鬼丸を呼び出せなかったんだ?)」
『おそらく《マルサの鏡》あたりを使われたな。カリヤの所有している【神器】の一つで、他の【神器】の動きや能力を無効化、制限することができる。後ろにいたやつがそれらしきものを構えていた』
そういえば三日月がそっちの方を見てたな。
それはそうと…
「(三日月は普通に動いてたけど…)」
『あいつの場合あのローブが特別性でな』
「(あれも【神器】なの?)」
『いや、たしかあれは…』
その時突然肩を叩かれた。
「!」
振り返ると不自然に無表情の生徒がメモ用紙を差し出してきていた。
受け取ると、その生徒は引き留める間もなく立ち去ってしまう。
手紙には[返事はここに090-****-****]とだけあった。
「ふざけやがって!」
つい声にでた。
仲間になる気がない以上断罪からの嫌がらせに対応しなければいけない。
さすがに実力行使まではしてこないだろうが、しばらく様子を見たほうが良さそうだ。
「なんでこんなことになったんだか…」
俺はぎやまやつねに相談するか迷いながら帰路についた。
この時はこれ以上面倒なことにはなるまい。できればならないでくれという思いがあった。
だけど大概の場合そういった願いは通じない、それどころか悪い結果にしかならないことをこの時は知らなかった。
つねならきっとこう言うだろう。
「ま、いわゆる¨お約束¨だね(笑)」と。
7月2日(月)18時00分
妹が無事家に着くのを確認し、メールをちーに送る。
軽く浮かんだ汗を拭いながら、そういえば蝉が鳴き始める季節だったな、と今更ながら思い至った。
最近問題ばかりで、いやこの数ヶ月は問題ばかりで季節の変化になんか無頓着だった。
数分後
ちーからの返信を確認してから家に入る。
俺の部屋には当たり前のように三日月がいた。
まだ夏は本格的には始まってないとはいえ、そんな全身を覆うような分厚いローブを着ていて暑くないのだろうか?
「そういえば体は大丈夫なの?あいつ、日光がどうとか言ってたけど」
「…問題ない。もともと、このローブは日光などを遮断する役目も担ってる」
へぇ、そいつは便利そうだな。ってことはあれを着ていれば夏でも暑くないと。
まあ若干不審者みたいな見た目になるのは玉に瑕だが。
しかし先ほどちらりとローブの隙間から見えた三日月の片腕、¨断罪¨の刃を止めるためにローブの外に出された腕は、
「ありがとう」
火傷したように爛れていた。
三日月が来てくれなければ今頃俺はあの人形みたいな集団に仲間入りを果たしていただろう。
三日月は特に気にしたふうもなく無言だ。
そういえば…
「そういえばなんであのタイミングで割り込めたの?」
それは結構気になっていたことだ。
異変を察知して助けに来たにしては早過ぎる。
「…呪い」
「え?」
「やっと、呪いを解く条件が揃った。だからそれを知らせに」
「本当に!?」
そういえば前そんなことを言っていたような…
「だから今晩、深夜零時にあの学校の校庭に、集合?」
なんで疑問系なのかはさておき、呪いが解けるなら万々歳だ。
一応ぎやまたちにもメールを送っておく。
病院を抜け出せればいいけど…