百八拾二
6月26日(火)?時??分
稲穂学園には1から6までのハウスがあり、1ハウスは中等部、2から6までは高等部だ。
そして高等部のそれぞれのハウスでは学年ごとにA~D、E~H、I~Lの計12クラスが存在する。
つまりL組までしか本来存在しない。
(M組って…実際に存在したんだ)
話だけには聞いていたが、それぞれのハウスにはとある条件が揃った時にだけ作られる13番目の教室が存在するらしい。
それがM組。
「M組ってことは…俺のいっこ上?」
病気や怪我、出席日数不足、不登校etc.
とにかくあらゆる理由で卒業できなかった生徒のために設立されるのがM組なわけだ。
当然そこに在籍する以上俺たちより年上なのは確実。
なにせ稲穂学園はどんな成績であろうとも留年することはない。
「…ねえ、君はこの世界に違和感を感じたことはない?」
俺の言葉は完全に無視され、また自分だけのペースで話し始めた。
「ちょっと人と違えば排斥される、努力しても認められない、自分より弱いものを虐げる」
「……。」
「僕はこれまでの人生において、誰よりも排斥され、認められず、虐げられてきた」
徐々に周囲の温度が下がってきたように感じる。
先ほどとは違った意味でヤバい気配がこいつの周り漂い始めた気がした。
「僕は物心ついたころにはこう考えていた。きっと僕の周りの人は馬鹿だからこんなに愚かなんだ、って」
最初の話からどんどん離れてまったく脈絡のない話に変わっていくが、俺はこの場から離れることができなかった。
「だから必死に勉強して、この学校に入ったんだ。まあ中途半端なレベルだったけどね」
?かすかに黒い霧のようなものが俺たちを、いやこいつにまとわりつき始めた。
「けど正直失望したよ。進学校とは名ばかりの緩い学校で。ここの生徒は他人に対して無関心すぎる」
そう言ってそいつはどこからともなく左手に銀の鎖で全体を拘束された日本刀、右手に切っ先が丸まった特徴的な大振りの剣を取り出した。
「!」
「君もそいつらと同じだって言うのだったら、僕が¨断罪¨し、こいつで¨更正¨させてあげるよ」
そして目にも止まらぬ速さで右手に持った切っ先の丸い剣を振りかぶってくる。
「っ!」
それを後方宙返りでかわすと、俺は鬼丸を取り出そうとした。
「《鬼丸》!」
しかし…
「…鬼丸?」
鬼丸の存在を感じられない。いくら試してみても出現させることができなかった。
「ハハッ!無駄だよ!僕以外に【神器】を使うことは、具現化することはできない!」
そう言って何事か合図をすると…
ザッ
周りで待機していた複数の生徒が俺を囲むようにじりじりと距離を縮めてきた。
皆一様に無表情、虚ろな目をしている。
「そうそう、彼らも君と同じで、僕の¨お願い¨を蹴った人たちだよ。最終的には¨更正¨して、僕の言うことに従ってくれるようになったけどね」
「…!」
ゾッとした。
こいつらからは全く意思を感じらんない。
言われたことに従っている…反応している。ただそれだけだ。
数メートルの距離はあっという間に詰められ、二振りの刃を交差させたあいつ以外への進路を塞がれてしまった。
近づいてきた生徒達は一斉に俺を押さえつけにかかる。
「いくら君が精神的に、実力的に強くっても、この¨断罪¨に斬首されればそれで終わりだ。空っぽになった君の精神は¨村正¨で満たしてあげるよ。これで君も僕らの仲間、友達だ!」
満面の笑み、狂ってしまっている笑顔で、虚ろな生徒達によって身動きできない状態の俺に近づいてくる。
俺はどうにか包囲を突破しようと抑えてきている手を振り払って身近な生徒に殴りかかるが、すぐさま他の生徒に捕らえられてしまう。
(くそ!こんな理解不能の状況で、意味不明なやつにやられてたまるか!)
全力でもがくが10人以上に地面に押さえつけられていては身動きすらできない。
丸まった切っ先の剣が大きく振りかぶられ、俺とそいつの目線が交差する。
背筋を冷たいものが走る。
まるで処刑台の上で罪人が首を落とされるように、スローモーションで刃が迫り…
「…何をやってるの?」
俺から僅か数センチほどの位置で止まっていた。
「!」「!」
意思のない生徒達を除いて、切っ先を止められたそいつと俺は同時に息を呑んだ。
「久しぶりに、興味深い気配がすると思ってきてみれば」
俺のことを助けてくれた人影は、全身を覆い隠すローブから伸びた手の先にある¨断罪¨と呼ばれた刃をしげしげと観察する。
「もしかして、ベストタイミング…だった?」
フードの奥に隠れた透き通った水色の瞳は問いかけてくる。
「な、誰だ!」
いきなりすぎて呆然としていたらしいが、やっと状況を理解したそいつは¨断罪¨を引き戻し距離を取る。
「私?」
刃を掴んでいた手から目を離し、やっとそいつと正面から向かい合った。
「天下五剣が一振り、三日月。…でも今は元五剣、かな?」
三日月はいつもと変わらない様子でそう言った。