百七拾八
6月26日(火)10時30分
都内某病院
「それでは気をつけて」
「はい、ありがとうございました」
俺は立ち上がり先生に軽く頭を下げてから診療室を後にした。
俺が病院に通っている理由はと言うと、事件の直接的な被害者の中には精神的にダメージを負った生徒も多く(まあ日本刀で切りかかられたり、人が斬られるのを見たんだから当然)、カウンセリングなどのケアが必要だと判断されたからだ。
俺の場合は特に犯人である村正(所有者の名前はまだ聞いていない。でもすでに噂になっているみたいだ)を刺してしまっているだけに半ば強制的。
俺としては斬った斬られたは日常となりつつあるので、正直カウンセリングの必要性は感じない。
今のところ問題は精神的なものではなく¨呪い¨だ。
村正の呪いのせいで¨欠片¨は使えないし¨夢¨や【無制限共有フィールド】にも行けない。
目を閉じて横になったらいきなり朝になっていたのには驚いた。
もしかしたら¨夢の欠片¨とか言うくらいだし、呪いのせいで文字通り夢を見れなくなったのかもしれない。
思い返してみると、そういえばこの闘いが始まってから¨夢¨には行けても夢は見れなくなった。
まあどうでもいいか。
俺としては早く修行して次の闘いに備えたいというのが本音だ。
そういえば三日月が解呪について何か当てがあるようなことを言っていた。
治るなら一刻も早く治ってほしい。
今はこのゲームに巻き込まれる前の日常のほうが俺には異質なものに感じる。
6月26日(火)?時??分
【無制限共有フィールド】
鏡に四方を囲まれた昼夜の曖昧な空間に、カリヤは無言でただずんでいた。
「……。」
手元にある鏡に向かって手をかざし何やら作業のようなことをしていると、唐突にカリヤの背後に気配が生じた。
「カリヤ様…」
数珠丸である。鏡の一つから出てきた数珠丸はカリヤから数メートル離れた位置に跪きながら声を発した。
「消息を断っていた童子切ですが…どうやら【カーネリアの鏡】の中に封じ込められているようです」
その答えにかすかに反応したカリヤは、無言のままわずかに眉を顰める。
【カーネリアの鏡】とはカリヤが所有する数多の【神器】の一つであり、その身を写した存在を封じておくことができるものだ。
【カーネリアの鏡】はカリヤの手で【無制限共有フィールド】の各地に上位の¨断獣¨を封じたり近寄らないようにするために配置されていた。
「さらに【無制限共有フィールド】各地の【神器】がいくつか紛失しているのが確認されました」
「……。」
「¨鬼¨を含め、¨多節棍¨、¨鬼丸¨等が目立つ行動をとっていたため、それらを隠れ蓑にして第三者がこそこそと嗅ぎ廻っていたことに気がつきませんでした。おそらく¨イレギュラー¨の原因の大半がその者の仕業かと…」
「……。」
「参戦者の多くは¨鬼¨の呪いのせいで能力の大半を封じられています。せっかくの¨試合¨も全体の数割程度では意味を成しません。¨現実¨を探っていた者達も過半数が消息を断っています。どうやらある程度まとまった人数が徒党を組んでいるようです」
「……。」
「何か手を打ちますか?」
「…任せる」
「御意」
数珠丸の気配は鏡の中に消え、再び無音がカリヤを包み込んだ。