百七拾三
6月25日(月)?時??分
村正の全身は黒い霧に覆われていているのに、何故か鮮やかな血の色が目立っている。
「な、何だよ…あれ、ありえない…」
ぎやまが震える声を絞り出した。
まるで重量が増したように体が圧迫される。
「いやいや、まさかねえ~…」
つねも驚いたように呟いている。
まるで虎や獅子を目の前にしているようだ。
「嘘だろ…」
俺はとにかく信じらんない心境だった。
相手はこちらに一瞥すらしていない。
なのに何だこのありえないくらい強い殺気は…!
見えない殺意が全身を隈無く刺し貫いてくる。
「こりゃ~鬼気だな」
「宮崎君、ききって?」
つねがぽつりと呟いた一言にぎやまは余裕のない様子で聞いた。
「鬼の…闘気みたいなやつかな。いくつか文献とかで見たことあるけど…」
ここでつねは一端区切ると
「…阿部ちゃん、ぎやま。とりあえず遺言聞いてもらえるかな」
「ちょ、つね!ふざけてる場合じゃないよ」
「そうだよ宮崎君!遺言とか縁起でもない」
俺たちがそう食ってかかると、つねは苦笑いしながらあごを掻いた。
「冗談とかじゃないんだな~残念ながら。あれが本物の鬼、もしくは鬼の性質を持つ者なら、本当に死ぬかもしれない。少なくともおれが今までに読んできた本にはそう書いてあったし、それを肌で感じた」
そう言ってぶつぶつと呟く。
すると周りに様々な武器が出現し始めた。
つねは拳に革製の手袋のようなものをはめ、その上に手甲を装着する。
両手にトンファーを持ち、腰にはいくつかの刀、短剣、ナイフなどがぶら下がる。
離れた位置には斬馬刀や大剣が床に突き刺さった状態で出現する。
「とりあえず伝えとくよ。おれが死んだら携帯のアドレス帳からとある人物にメールを送ってくれ。宮崎は死んだ、って。携帯のパスとその人物の名前は…」
そう言ってつねは携帯のパスワードと人物の名前を口にした。
「出来る限り時間を稼ぐから全力で逃げてよ。たぶん三分くらいは保つからさ」
「宮崎君!それなら宮崎君が逃げれば…」
「あ~それ無理。だってこんな機会めったにないし(笑)それに君らには大事な人がいるでしょ?おれにはいないからさ」
「つね…」
俺たちはその答えに絶句した。そんな、子供みたいな理由で…
「ほら、あとあれ。『俺を置いて先に行きな。なに、あいつを片付けたらすぐ追いつく』って言ってみたいじゃん」
「宮崎君…それ死亡フラグ…」
「まあ、何にせよ、行きな。すぐに追いつく」
つねはそう言って村正に向かい合った。
そして気づく。やつがこっちを見てる!
俺とぎやまはその眼力に思わず後ずさった。お面越しに目が合っただけで呑み込まれそうだ!
「ほら、早く!二人が逃げ切ってからじゃないと、おれが逃げれない」
普段のつねからは想像もできないような焦った声。
俺たちは覚悟を決めて走り出した。
「宮崎君!必ず…」
そこまで言った瞬間、ぎやまの目の前にやつがいた。
「ぎやま…!」
やつはその手に持っていた血まみれの禍々しい刀を無造作に振り上げると、まるでゴミを払うかのようにぎやまに向かって振り下ろした。
「ぎやまー!!」
ガギンッ!!
「宮崎君!」
「…っ!早く!」
間一髪刀との間に間に合ったつねだったが…。
額に脂汗を浮かべている様子がお面越しにも分かるくらい必死に短く叫んだ。
俺たちはその様子に一瞬足を止めかけたが、全力で2ハウスの方に走り始める。
背後では激しい戦闘音とつねの怒鳴り声。
俺たちはとにかく必死に走った。
玄関から出た後はぎやまを抱えて何度か縮地を繰り返す。
そして稲穂学園の敷地から出た途端目の前が真っ白になった。
6月25日(月)?時??分