百七拾一
6月25日(月)14時20分
刀を振り回す男は学生服を着ていることから稲穂の生徒であることが分かった。
校章と上履きの色から6ハウスの生徒で、学年までは分からない。
奇妙なことにその男子生徒の顔は仮面も何もつけていないはずなのに、ぼやけていて認識できない。
まるで二つの顔がブレて重なっているようだ。
数人の先生がその男子生徒を囲んで押さえつけようと試行錯誤するが、刀を所持しているため近づけないようだ。
「阿部ちゃん」
「ッ!」
肩を掴まれてやっと硬直してしまっていたことに気づいた。
振り向くとつねが男子生徒から目を逸らさずに、
「…間違いない、¨村正¨だよ」
と言った。
「え…?」
あの男子生徒が?
「見た目はよく覚えてないけど、あの気配は間違いなく村正。一度不覚を取った相手のことは忘れないよ」
そう言ってからつねは唇を噛んだ。
かすかにだが肩を掴む力が強くなる。
「けど今はあいつの¨呪い¨のせいで¨欠片¨は操れないし、トンちゃんと話すことはできても使うこともできない。一旦引こう」
そう言ってつねは悔しそうに後退した。
確かに見た感じ危な過ぎる。
ここは警察にでも任せるのが最善だろう。
¨夢¨と違ってこっちで傷ついたり死んだら取り返しのつかないことになる。
村正は刀を軽く振り回してはいるが今のところ周りの人を傷つけた様子はない。
「じゃあ非常口から…」
しかしそう都合よくはいかなかった。
不意に動きを止めた村正は耐えるような仕草をした後、唐突に全身から黒い霧のようなものを噴き出した。
ゾワッ!
先ほど教室で感じた数倍の寒気が体を包む。
最初は周りの教師達には見えなかったようだが、霧が濃くなるにつれて見えるようになったらしい。
教師陣は皆戸惑った様子だ。
村正はゆっくりと正面を向くと
ヒュッ
刀を振るった。
ブシュッ!
一瞬間が空いてから近くの若い教員の腕から血が噴き出す。
周りは呆気に取られ、次の瞬間には我先にと逃げ出していた。
さすがに大人たちを責める気にはなれない。
何故なら俺とつねは霧が噴き出した直後からその場に足を縫い付けられたように動けなかったのだから。
俺たちは村正の放つ殺気に萎縮させられていた。
先ほどまでのなんとなく暴れてみた、といった様子はない。
なにがきっかけだったのか分からないが、唐突に村正にスイッチが入ってしまったようだ。
村正の肩がピクリと震えるのが見えた。
緩慢な動作でこちらを振り向く。
「やばっ!」
隣でつねが呟いた。
それが合図だったかのように走り出す村正。
剥き出しの刀の切っ先は真っ直ぐに俺の心臓に向かってくる。
村正と俺の直線上につねが飛び出してきた。
何事かを叫んでいたようだが聞き取れなかった。
つねの体で村正の姿が隠され
ズッ、ドスッ
突如つねの背中から生えた刃に俺の心臓は貫かれた。
どうやらつねの体を貫通してそのままこちらまできたらしいことは分かったが、次の瞬間には意識が混濁し、暗転した。
(舞霞たちは被害に遭わなくてよかったな)
なんとなくそう思った。
6月25日(月)?時??分