百七拾
6月25日(月)1時15分
「ちょ、ちょっと待って!舞霞さんはもう¨神を堕とす者¨をリタイアしてるんだよね?なのにどうして¨夢¨に…」
俺が遮ると、ぎやまは苦笑いしながら
「オレも驚いたよ。強制的にあっちな連れてかれるなんて。試したこともなかった」
そう言って舞霞の方を向くぎやま。
「でもあっちでいろいろあった結果舞霞はここにいるわけだし、オレは宮崎君に感謝してるよ」
いや、いろいろって何があったんだよ。
その先を聞く前に当の舞霞がこちらに歩いてきた。
「ごめん裕ちゃん、阿部君。そろそろ時間みたい」
「あ、そっか。午前中までなんだっけ」
そういえば舞霞の体験入学は午前中までだと言ってたっけな。
「うん。パパがもう迎えに来る頃だし、いくね」
「あ、送ってくよ」
ぎやまは紳士的だな。
まだ気になることはいくつもあったが、それは放課後にでも聞くとして、今は俺もついていくかな。
ここ数日はある意味で大きな分岐点だった。
三日月が仲間になり、村正が出没し舞霞の転入が決まった。
一週間にも満たない期間にいろいろなことが起こった。
解決しなければならない問題も多く、解決しなければならなくなる問題も多い。
それでも今日これから起こる出来事はトップクラスの厄介事だ。
なんせ教科書にこそ載らないが、後世に残る大事件が稲穂学園で起こるのだから。
稲穂学園で起こった無差別大量殺傷事件。
死者こそ出なかったものの、負傷者は数十人に及び、軽傷者を加えればなんと100人近い生徒が被害に遭った。
犯人は同じ稲穂学園の生徒で、6ハウスの三年生男子。
警察に捕らえられた際凶器は所持しておらず、何故か事件の記憶を失っていた。
最終的な見解としては、受験へのストレスから自暴自棄になったのだろうと判断された。
喪失した凶器は発見することができず、被害に遭った生徒や目撃者の証言から日本刀であったことが確認。
事件の容疑者として捕らえられた男子生徒は数日後自殺した。
事件の真相は公には闇に沈み、一部の生徒達にのみ最も真実に近い事実を残していった。
事件は6月25日(月)14時15分、五時間目の授業中に起こる。
6月25日(月)14時15分
五時間目、リーディングの授業中。
相変わらず担当の金指先生(通称ゴールドフィンガー)の授業内容は退屈なもので、教室には夢の世界(例えのほうな)に旅立っている生徒が結構いる。
時計を見ると2時15分。
襲いくる睡魔と闘いつつプリントにペンを走らせていると、
…キャー……
どこかの教室から悲鳴が聞こえてきた。
それは途切れることなく複数の人物が上げているらしい。
「…であるからここは…なんだ騒がしいな」
定年間際の金指先生が板書を中断してゆっくりと教室の扉から外の様子を窺う。
稲穂の生徒は基本的に授業中に騒がしくすることはない。
そりゃ時々うるさくはなるけど、せいぜい誰かの冗談やミスで盛り上がるくらいだ。
悲鳴はますます大きくなり、廊下を何人かの先生が行き交い始めた。
そして不意に
…ゾワッ!
「!!?」
全身の毛が逆立つような寒気に襲われた。
まるで皮膚に粘り着いて毛穴から浸蝕してくるような…
ガタッ
すると教室の後ろのほうで誰かが立ち上がる音がした。
振り向くとつねが教室の入り口の向こう側を凝視している。
…スッ
そしてつねは真っ青な顔をして無言で教室から出て行ってしまう。
「つね?」
不審に思った俺は金指先生が戻ってこないのを確認してから教室を出ようする。
しかし唐突に走って戻ってきたつねと入り口でぶつかりそうになった。
「つ…」
「大変だ!」
つねは俺ではなく教室全体に声を張り上げた。
「なんだ?」
「何やってんだよ」
「つうかこれ自習?」
そんなクラスの連中に向かってつねは言った。
「刀を持ったやつが暴れてる!とりあえず非常口から逃げろ!」
は?
ポカンとする俺を含めたクラスの面々。
冗談のようなセリフだがつねにはふざけた様子はない。
それに悲鳴は未だに収まらないし、何人かの教師が職員室に駆け込んで何事かを叫んでいるのが見える。
そして直後金指先生がのたのたと走り込んできた。
「え~不審者がいるので非常口から退避するように。とりあえずラグビー場に集合」
金指先生に言われてやっと事態が呑み込めたらしい。
戸惑いながらも生徒達は誘導に従って移動を開始する。
ガシャン!
直後にガラスの割れる音。
見ると3ハウスの入り口のスライド式のガラス扉が粉々に砕け散り、刀を持った男が入ってくるところだった。
そこかしこから悲鳴が上がり、生徒達は我先にと非常口に向かって走り出した。
6月25日(月)14時20分