百六拾六
6月23日(土)?時??分
ベランダの窓を開けると、どこからかなんとも言い表せない綺麗な旋律(声?)が聞こえてきた。
「 」
屋根に上ると、そこではちょうど三日月がフードを外すところだった。
幸いこちらには背を向けているため意識を持っていかれることはないが、俺は別のものに心を奪われることになる。
「 」
どこの言葉なのか、いや、そもそも言葉なのか。
「 」
三日月はこちらに背を向けて何事かを詠いながら舞を始めた。
刀にも劣らない、凛と透き通った詠声。
舞う度に煌めく髪、力強くも儚い仕草。
時間にして三分ほどだったが、永遠に続くのではないかと錯覚するほどに圧倒的な舞だった…
「…《月蓮の舞》」
振り向いた三日月はすでにフードをかぶっている。
だが三日月からは仄かに燐光のようなものが舞い散っていた。
『目を覚ませ、小僧』
「…え?」
鬼丸に声をかけられて正気に戻った。まだ何となく夢見心地だ…
『たかだが《月蓮の舞》でこの有り様か。本気の舞を見たら魂が抜けそうだな』
「確かにこれは、ひどい。まずは精神から鍛える、べき?」
『だな』
まだぼうっとする頭を振ってはっきりさせようとする。
先ほどの舞は何だったんだ?
「とりあえず、ここ一帯に結界を張っておいた。しばらくは邪魔は入らない」
『小僧、さっきの《月蓮の舞》は月の光を練り上げ舞い上げて結界を創り出す技だ』
なるほど、結界ね。
一応¨断獣¨もいるし、カリヤの部下に鉢合わせするのもあれだしな。
「修行内容を変更。まずはこれに耐えて」
「え?」
いきなり三日月がフードを外した。
露わになる三日月の…
俺の意識は三日月の素顔を見ると同時に薄れていった。
6月23日(土)?時??分
【無制限共有フィールド】の稲穂学園、2L教室。
月明かりのみに照らされた教室で、杉山は自らの【神器】を前に正座していた。
「舞霞」
『なに?』
「オレ、前の高校に行ってみようと思う」
『…!それって、¨私¨に会いにいくってこと?』
「…うん」
『そっか…。分かった』
「いいの?」
『それで裕ちゃんの気持ちに整理がつくのなら。
最近の裕ちゃん、追い詰められてて見てられないよ』
「舞霞…」
『私のこと、気負わなくてもいいんだよ?』
「……。」
『この私は¨現実¨を知らない、¨舞霞¨の夢のなれの果て』
「…!」
『あの¨舞霞¨がすべてを忘れていても、裕ちゃんが悲しむ必要はないんだからね?』
「……。」
杉山は沈黙し、舞霞も寄り添うように静かになった。
6月23日(土)0時15分
某廃ビル
「それじゃ、しばらくおれの代わりは頼んだよ、ジミー」
家具の類は撤去され、がらんとした寒々しい室内で、それだけ新品の椅子に座った宮崎は何もない空間に話しかける。
『OK.うまくやるよ』
同時に姿を表したマグヌソンはおかめのお面を持っていた。
「時間がないからねー、やれるだけやっておく必要がある。まったく、年寄りにはきつい仕事だよ。眠る暇もない」
『何言ってんだよ、まだ高三のくせに』
「まあ精神はとっくに年寄りだからね(笑)
とりあえず今すぐ片付ける必要があるのは…。」
『ほんとお前って勉強できないくせに裏で何をやってんだか』
「誉めても何もでないぜ(笑)(笑)」
宮崎はその後いくつかのメールと電話をかけてから廃ビルを後にした。
6月23日(土)8時27分