百五拾七
6月21日(木)17時59分分
俺は5時59分になってから【無制限共有フィールド】に行った。
移動の時間を考えても10倍に引き延ばされた時間の中では¨現実¨の一分もあれば十分だ。
「ここは…」
今俺がいるのは芸術棟のようだ。
絵の具やら何やらの独特な香りがする。
とりあえず歩いて行っても間に合うが、ここはとりあえず、
「《2L》」
2Lの教室をイメージしながら手近な扉を開いた。
6月21日(木)18時??分
「よっ、阿部君」
教室にはすでにぎやまがいた。
窓際の机に腰掛けながらこちらに向かって手を上げている。
「よ、ぎやま」
俺は扉を閉めながら返事をした。
まだつねは来ていないようだ。
時計を見ると長針と短針が上下を指している。
もしかしたら6時ちょうどに言霊を唱えたのかもしれない。
【無制限共有フィールド】なら5分から10分の誤差もありえる。
¨現実¨と時間の流れが違うとこんなとき不便だなと思う。
いまだに違和感が消えない。
とりあえずつねが来るまでぎやまと談笑でもしていることにした。
6月21日(木)18時??分
「それにしても遅すぎじゃない?」
すでに時計の長針は1と2の間の辺りを指している。
10倍計算で約一時間はすでに【無制限共有フィールド】で経過していることになる。
ぎやまと取り留めのない話をしたり軽く組み手をして時間を潰していたが、正直そろそろ待ちくたびれてきた。
「もしかしたら寝てるとか…」
ぎやまの疑問にそう答えてはみたが、少なくともつねは約束したことだけは守るので寝てしまっていることはないと思う。たぶん。
「よく考えたら¨現実¨じゃまだ6時ちょっとなんだよね。まだこっちも少し明るいし」
最近は少しずつ日が延びてきているので、まだ外は心なしか明るい。
「¨現実¨じゃこんな数分の遅刻くらい何てことないけど、こっちじゃ本当に長いね」
「うん。こうなったら一旦目覚めてからつねにメールを「その必要はないよー」…つね!」
図ったようなタイミングで扉が開き、つねがゆっくりと教室に入ってきた。
「宮崎君遅すぎ。こっちはどれだけ待ったと…っ!宮崎君、その傷どうしたの!?」
「つね!?」
俺たちは入ってきたつねの姿に驚きを隠せなかった。
「ははは( ̄∀ ̄)
ちょっとね(≧ε≦)」
つねの制服から覗く素肌にはいくつもの傷跡が刻まれていた。
傷は制服の下にもあるらしく、よく見るとつねは左足を庇うように右に体を傾けている。
つねのトレードマークとして定着しつつあったおかめのお面には亀裂が入り、右端の辺りが大きく切り取られていた。
つねはしんどそうに教壇に腰掛けると息をつく。
「おーいてて、どっこいしょー(笑)」
いつもの飄々とした態度のせいでわかりにくいが、つねの両腕は小刻みに震え、首もとには脂汗が浮かんでいる。
「まさか対策を取ろうとした矢先に奴さんから出向いてくるなんて思わなかったよ(泣)
いやはや、おれもつくづく運がない(笑)」
詳しくは分からないが、どうやらつねの方で一悶着あったらしい。
どうやらぎやまの問題より先にこっちをどうにかしないといけないようだ。
とりあえず俺とぎやまは¨何故か塞がらない傷を負った¨つねに話を聞くことにした。
6月21日(木)18時??分