百五拾五
名も知らぬ青年(杉山と童子切は面識がなかった)をそのままに、安綱は地面ではなくビルの側面や建物の屋上を走っていた。
安綱にとっては参戦者の大半は所詮とるに足らない小物でしかなく、すでに意識は別のものに移っていた。
「ボス」
安綱の背後を追随していたスキンヘッド(No.2)が声をかけた。
「なんだ?」
「¨奴¨の行動範囲がどんどん広がりつつあるそうです。このままだとさらに被害は拡大するかと」
¨奴¨とは¨鬼¨のことである(鬼と聞く度に不機嫌になるボスに合わせて変えた)。
「んなことは分かりきってんだよ!¨奴¨を仕留めるのに一体どれだけかけてんだ?他の奴らにナメられんだろうが!!」
最初に¨村正¨の捕獲の指令が来てからすでにだいぶ時間がかかっている。
¨現実¨より10倍の早さで時間が流れる【無制限共有フィールド】ではすでに10日以上の時間が経ってしまっていた。
その他の追随を許さぬ虎武羅の戦闘力は多くの組織からも一目置かれている。
その虎武羅をも出し抜く¨村正¨に、安綱の怒りはすでに臨界点に達していた。
「¨奴¨が姿を現してすぐに現場に駆けつけても、何故か直前に姿を見失います。もしかしたら¨奴¨にはそういった能力や術があるのかもしれません」
¨村正¨についての資料にはそんなこと一切書かれてなかったが、そうとしか思えない神出鬼没さであった。
「どっちみち一度でも遭遇すりゃ、その場で八つ裂きにしてやる」
安綱は怒りに金色の瞳を光らせながらスピードを上げた。
6月21日(木)?時??分
俺たち三人はとあるビルの屋上にいた。
風のない【無制限共有フィールド】では強風やビル風による騒音に会話を邪魔されることはない。
「阿部君…」
ここまでは舞霞の鎖を利用して上ってきた。
ちなみにつねはビルとビルの間を交互に跳びながら上がってきたのだが、ここは俺に任せたのか背後のフェンスに寄りかかって瞑想している。
ぎやまがやっと重い口を開いた。
「実は、前から言おうかとは思ってたんだけど…」
ぎやまは言いづらそうに口ごもった。
そんなぎやまに俺は何と言ったらいいか分からなかったが、とりあえずまず俺の意思を伝えることにした。
「ぎやま、俺はぎやまが今どんな状況なのか分からない。最近変だとは思ってたけど、昨日久しぶりに会ってあまり変わった様子じゃなかったから大丈夫なんだと思ってた。
だけどさっきの様子を見る限りじゃ、今のぎやまはやっぱりおかしい。俺に何ができるか分からないけど、できることなら協力するよ」
するとぎやまは決心したように顔を上げた。
「…Thanks.実は…」
ぎやまは数十分ほどかけて自身の身に起こった事柄を説明してくれた。
かつて自分が今と同じように¨神を堕とす者¨に参加していたこと。
その時共に闘った舞霞という少女と刈谷薫という青年。
そして薫とカリヤについて。
ぎやまは多くのことを語ってくれた。
6月21日(木)?時??分
「…だからオレはカリヤに復讐するためにこの【無制限共有フィールド】でいろいろやってきた。¨夢¨であったことだけど、オレは絶対に薫を、カリヤを許すわけにはいかないんだ」
ぎやまはそう言って身を震わせた。
話を聞いた俺はいろいろと分からなかったことがパズルのピースをはめるようにしっくりと感じた。
実際はまだまだ分からないことだらけだが、少なくともぎやまが体験してきたことを知れたのは良かった。
「俺にもちいがいるし、ぎやまの気持ちが少し分かるよ。だけど自暴自棄に暴れるだけじゃ駄目だ。そんなの自殺と変わらない。だから…」
俺はすぐ横に移動してきたつねを一瞥してから言った。
「だから俺たちに手伝わせてよ。」
6月21日(木)6時50分