百三拾六
6月19日(火)?時??分
阿部が走り去って行った方を確認して、宮崎は軽く準備運動を開始する。
¨夢¨だろうが【神器】の中だろうが、あくまで精神体である体には必要のない行動であるが、宮崎はあえて入念に行った。
それはイメージ。
例えるならプロ野球の選手が打席に立つ前に行う一連の動作。
ルーティーン。
イメージ力はそのまま集中力に繋がり、意志力になる。
¨夢¨や今の状態では意志の力はそのまま力へと変換される。
(さて、阿部少年はもう着いた頃かね?)
ここから時計台までは走れば5分とかからない。
(この童子切って人は¨鬼丸¨とか言ってたし、今はバレると面倒かなー?)
なんとなく。
宮崎は童子切の言葉と気配から、阿部と鬼丸の二人を童子切から遠ざけておいたほうがいいと判断した。
宮崎は頭で考えるのは苦手だが、その手の勘の良さでは群を抜いている。
なんとなくで稲穂学園の入試を乗り切ってしまったほどであるから、その勘の良さは推して然るべきである。
「もういいか?」
童子切は首を軽く鳴らしながら言った。
童子切にとっては宮崎や阿部などただ目の前にいただけの存在でしかない。
吹けば飛ぶような¨小さな¨存在であるこの青年が、¨大きな¨存在である自分を前にしてびびっていない。
さらに勝負まで仕掛けてきた。
それだけでいい暇つぶしになる。
一人減ろうが増えようが変わらないし、宮崎が持っている情報とやらも正直大したものではないと思っている。
(部下からの連絡がくるまでの、いい時間潰しになるな)
童子切は刀を抜くことなく宮崎と対峙する。
それは強者の余裕と言うより、ほんの1秒でも長く楽しむためであった。
6月19日(火)?時??分
「それじゃあ行きますねー」
そう言って宮崎は重心を落とす。
すでに全力の臨戦態勢。
片腕のない状態のため全身を使った運動には支障が出ると判断を下した宮崎は、まず目眩ましに数本のナイフと短剣を投擲する。
片腕での作業のせいでスピードはないが、一本投げるごとに次々と出現させていく。
童子切はまず飛んできた二本のナイフを最低限の動きで避け、三本目のナイフを指先で受け止める。
それを投げ返すことで四本目のナイフを弾く。
その間2秒足らず。
手持ちのナイフを投げ尽くした宮崎は続いて短剣を投擲する。
二本同時に投擲された短剣は、僅かにタイミングがズレて童子切に到達。
童子切は体に当たらない軌道に飛んできた一本は無視し、首もとに迫ってきた短剣のみを手刀で弾き飛ばす。
そこで初めて童子切の表情が変わった。
弾いた短剣の陰に隠れるように五本目のナイフが迫っていた。
宮崎はナイフを投げ尽くしたと見せかけて一本を手のひらに隠していたのだ。
短剣を弾いたことで左腕は開いてしまっている。
童子切はギリギリのタイミングで首を仰け反ってナイフをかわした。
喉の薄皮一枚を裂いてナイフが通過していく。
童子切は笑みを浮かべ一歩踏み出した。
6月19日(火)?時??分