百三拾一
6月19日(火)?時??分
新たに現れたのは蝋細工で縁取られた禍々しい鏡と、対照的に神々しいまでに繊細な、巨大な水晶から削り出された鏡。
【サラマラスの鏡】と【セレナの鏡】である。
両方ともに【ゼノビアの鏡】と【グレモリアの鏡】同様に鏡面が黒く染まっている。
そして鏡の中からくぐり抜けてきたのは、
身長2メートル近い刃物のような気配を纏った黒髪の男と、小柄で可愛らしい顔をした、どこか達観したような面もちの少年。
いずれもただならぬ気配を放っている。
《【神器:サラマラスの鏡】
別名:死に神の鏡
現実と鏡に映る世界とを繋げる鏡。
鏡の中に住む怪物を呼び出す際に使われた。
鏡を隔てて異空間に存在する異世界。
かつて現実と異空間とを繋ぐために邪術師サラマラスによって具現化された。
すでにサラマラスは処刑されたが、第一級の取り扱い不可の呪具に指定されている。
そのあまりの危険度から破壊しようと試みられた記録がある。
しかしあらゆる手段を用いても破壊できなかったため、
【シュールバルタの鏡】の三面鏡の牢獄の奥深くに封印されていた》
《【神器:セレナの鏡】別名:鏡の扉
¨鏡¨と分類されていれば、距離も空間も無視して繋がることができる。
地球から月までの距離程度なら問題なく使用可能。
ただし移動できるのは【セレナの鏡】が繋がっている鏡との間のみ。
一旦接続が切れた場合【セレナの鏡】の方で再び繋げなければ道は開かれない。》
【童子切
国宝・太刀・刃長79.9cm。反り2.7cm。銘『安綱』。作者安綱。清和源氏の嫡流である源頼光は、丹波国大江山に住み着いた鬼・酒呑童子の首をこの刀で切り落としたという。
「童子切」の名はこの伝説に由来し、享保4年(西暦1719年)、江戸幕府8代将軍徳川吉宗が本阿弥光忠に命じて作成させた、『享保名物帳』にも“名物 童子切”として記載されている。
酒呑童子の征伐に用いられた他にも、松平光長が幼少の頃、疳の虫による夜泣きが収まらないのでこの刀を枕元に置いたところたちどころに夜泣きが止んだ、浮かんだ錆を落とすために本阿弥家に持ち込んだところ近隣の狐が次々と本阿弥家の屋敷の周囲に集まってきた、等の様々な逸話が伝わっている。
斬れ味に関して、江戸時代に町田長太夫という試し切りの達人が、6人の罪人の死体を積み重ねて童子切安綱を振り下ろしたところ、6つの死体を切断しただけではなく刃が土台まで達した、という逸話が残っている。】
【三日月宗近国宝・太刀・刃長80cm。反り2.7cm。銘『三条』。作者宗近。平安時代の刀工・三条宗近の作で、刀身に鎬と反りのある形式の日本刀としてはもっとも古いものの一つである。
「三日月」の号の由来は、刀身に三日月形の打除け(うちのけ、刃文の一種)が数多くみられることによるものとされる。
「天下五剣」の中でも最も美しいとも評され、「名物中の名物」とも呼び慣わされた。
足利将軍家の秘蔵の名刀として継承され、1565年(永禄8年)、松永久秀と三好三人衆が二条御所を襲撃して将軍足利義輝を殺害した際(永禄の変)には義輝はこの三日月宗近を振るって奮戦したと伝えられている。】
【大典太国宝・太刀・刃長65.75cm。反り2.7cm。銘『光世作』。作者光世。大典太は足利将軍家の家宝であったが、足利家の没落により流出し豊臣秀吉の所有となった。
江戸千住の小塚原で行われた試し切りにおいて、幕府の御様御用首斬り役山田浅右衛門吉睦が大典太で試し切りを行った際、積み重ねた死体の2体の胴体を切断し3体目の背骨で止まったという。】
6月19日(火)?時??分
「……。」
四人に囲まれる形でカリヤは座っている。
デュランは早くも飽きてきたのか再び背後の鏡に飛び込んでいってしまっている。
口を開いたのは【サラマラスの鏡】から出てきた大柄な男だった。
見た目は二十歳を過ぎたくらいに見える。
無造作に伸ばされた漆黒の髪の隙間からは獣のごとき金色の瞳が荒々しい殺気をカリヤに向かって放っている。
瞳以外は全て黒一色に統一された服装からは黒い豹のごとく迫力がある。
「おいカリヤ、てめぇ!鬼丸が力を取り戻しつつあることを黙ってやがったな!そもそもあいつに関する情報は一切遮断しやがって…!欠片も残らずバラバラにしてやろうか!」
まるでヤクザや暴走族のようにドスのきいた低い声。
生身の人間ならば一睨みで失神、もしくは心臓麻痺を起こすだろう。
「童子切、カリヤ様に向かってそのような暴言、許しませんよ?」
慣れた様子で数珠丸が諌めようとするが、かすかに開いた瞳からは僅かな殺気がこぼれている。
手首に巻かれた数珠がかすかに微震し始めた。
「あ゛?いつてめぇに話しかけたよ、数珠丸」
カリヤに向かって放たれていた殺気が数珠丸に矛先を変える。
交差した殺気が静電気のように弾けた。
「…よすのじゃ」
一触即発の空気を打ち破ったのは童子切と同時に【セレナの鏡】から出てきた少年。
どこか仙人のような雰囲気の漂う少年の一言に、一旦は両者共に引き下がった。
「そうです、童子切殿、数珠丸殿。情報を伝えなかったのは私なのですから、咎めなら私にお願いします」
頭を下げたのはフードを被った人物。
フードの隙間からは透き通るような美しい水色の瞳が浮かんだ。
「ちっ、てめぇだったか三日月」
「申し訳ありません、童子切殿。鬼丸殿との浅からぬ因縁故に、あなたが暴走しないよう情報は遮断しておりました」
「ふん、カリヤやそこの数珠ならともかく、お前の行動なら見逃しといてやる」
「ありがとうございます。…大典太も」
「…かまわぬ」
大典太と呼ばれた少年は特に気にした様子もなく頭を振った。
「…して、カリヤよ。各地に散っておった我らを呼び出したということは、とうとう大戦でも始める気にでもなったということかの?」
この場で最も幼い見た目ながら、放つ気配は周りに劣ることはない。
無言を貫いていたカリヤはようやく口を開いた。
「…この空間を含め、いくつかイレギュラーな芽が育ちつつある」
6月19日(火)?時??分