百七
6月15日(金)?時??分
俺に殴られて吹っ飛んでいく¨俺¨。
空中で体勢を立て直して両足で着地する。
俺は半分に欠けたお面を外した¨俺¨に凄んでみせた。
「俺の女に手を出してんじゃねえよ。こいつで全身の生皮剥ぐぞ」
鬼丸の切っ先を向けられた¨俺¨はバックステップで距離を置いた。
油断なくこちらの様子を窺っている。
¨俺¨はどうして俺が間に合ったのかが不可解らしい。
ちょっと考えてみれば分かるはずだけど。
「佑…ちゃん?」
ちいの戸惑ったような声が聞こえた。
「待ってて。すぐ片付けるから」
そう言いつつも俺は¨俺¨から目を離さない。
¨俺¨はじりじりと距離を詰めてきている。
俺は再び¨俺¨に向かって踏み出した。
今度のは¨安全な¨やつで。
「!?」
またもや目の前に立たれて驚いたのか、¨俺¨は目を見開いている。
だが今回は俺が何をしたかを理解したらしい。
今度は¨俺¨が一瞬で十数メートル後ろに移動する。
それを追う俺。
そう、俺がさっきからやっているこの瞬間移動はパティッサ遣いも使っていた¨縮地¨だ。
実のところ二週間前、三回戦のあの遊園地の段階ですでに縮地は習得していた。
パティッサ遣いとの闘いを経て、実戦で見た縮地を二日間で自分のものにした。
そしてその時に至ったのが長距離縮地だ。
基本的に縮地は移動距離が短い。
個人の力量次第だろうが、一足で移動できる距離はだいたい15~20メートル。
もちろん着地してそこからさらに縮地を重ねれば瞬く間に数十メートルを移動できるだろう。
だが俺の縮地は直線のみだが50メートル近くを1秒と少しで移動できる。
いくら縮地でも何度も着地しては進んでを繰り返していれば、50メートルの移動に多少ロスが出てしまう。
もちろんそれでも十分すぎるほど速いわけだけど…
ほんの僅かにでも速いならこしたことはない。
ちなみに俺の長距離縮地はリスクを伴う。
たった一回の移動に片足が犠牲になるっていうリスクが。
普通の縮地なら極めていれば足を犠牲になんかしなくてもいいんだけど、
少しでも速く、長い距離を移動するためには多大な負荷が足にかかってしまう。
あの時、普通に縮地で行っていたら間に合わないかもしれない、
そう思ったから長距離縮地に踏み切った。
左足でスタートして、途中で右足。
両足を犠牲にして追いつき、殴り飛ばすと同時に回復。
ほんの数秒の間に結構危ない橋を渡ったもんだ。
今使っているのは普通の縮地だから問題はない。
多少ブレはあっても直線ならどうにかなる。
まあ直角に繋ぐと足がもつれて転びそうになるけど…
まあとにかく俺は縮地を使って¨俺¨を追い詰めていった。
俺が与えた傷はすでに治したみたいだが、軽い脳震盪でも起こしているのか動きが鈍い。
なら今がチャンスだ。
「《龍鳴閃》!!」
俺は一気に¨俺¨に近づいて、耳元で鬼丸を抜刀。
そして最大速度で鞘に収める。
凄まじい鍔鳴りの音。
途端によろめいて頭を押さえる¨俺¨。
¨龍鳴閃¨は刀を超神速で鞘に戻すことにより、発生する超音の鍔鳴りをすれ違いざまに相手の耳に叩き込む飛天◯剣流の技だ。
耳が良ければいいほど効果増大で、最悪平衡感覚が麻痺する。
¨俺¨はすでに脳震盪か何かでだいぶ頭にダメージが蓄積していたようだし、しばらくはまともに動けないはずだ。
俺は地面に片膝をつき、右手で頭を押さえている¨俺¨を見下ろした。
そしてゆっくりと鬼丸を鞘から抜き、構える。
なんとなく介錯をしているような格好だ。
俺は鬼丸の柄をしっかりと握りしめ、一思いに振り下ろした。
(これで終わ…)
鬼丸が¨俺¨の首にという瞬間、
俺と¨俺¨の間に滑り込んできた影があった。
「佑ちゃん!」
「「!!?」」
寸前に止めようとしたが間に合わず、鬼丸の抜群の切れ味を誇る刀身は割り込んできた体を通過していく。
刃が通り抜けて数秒、体には何の異変も現れなかった。
「あ…」
しかしまるで赤い線を入れたように体には血のラインが浮き上がり、
次の瞬間噴き出した。
そして振り下ろした姿勢のまま呆然としていた俺に、ちいの体を貫いて刃が迫ってきた。
6月15日(金)?時??分