灰燼に帰す
「……ゲードの旦那から合図が来たな。火をつけろ。ここはもう、占拠済みだ」
「へい、グルクズ親分」
グルクズの号令で、山賊共が一斉に動き出す。あらかじめ撒かれてあった油に火を引火させ城門が一気に火につつまれる。
「お前らッ!賊の分際で!こんなことをしてどうなるかグアッ!」
「ハッ!うるせぇバーカ!何が辺境軍の兵士だ!数が少なきゃ俺達とそう変わらねぇっ!死ね死ね死ねッ!大体てめぇらのせいで俺達は賊になったんだよッ!」
降伏した縛られた兵士達。それを、殴りだす賊の男の一人。
「クハッ!…あん時はどうなるかと思ったが…ゲードの旦那に着いてきて正解かもしれねぇな!今、俺は最っ高の気分だ!今まで味わったこともねぇ!」
グルクズは近くの兵士の顔を殴り飛ばす。その強力な膂力で殴られた兵士は一撃で首が変な方向に曲がり即死する。そして、隣の兵士にもその凶器のような膂力を向ける。
「ホラァッ!ヌラァ!気持ちぃぜぇ!今まで!苦い汁を吸わされてきたッ!借りをッ!こんなにッ!返せる!」
首が弾け飛び、内蔵がばらまかれ、脳味噌は潰れる。その様子を見ていた他の賊たちも降伏した兵士達に次々に攻撃を加えていく。恍惚とした顔で、今までの鬱憤を晴らすように。
「や、やめろ!降伏した兵士を殺すのか!」
「てめぇら降伏した賊を許すのかよ?なあ!」
「ま、まだ、死にたくグハッ!」
「ハッハッハッ!楽しぃっ!」
数分後、賊たちもの笑い声しか響かなくなる頃。グルクズが、遂に街の中へ侵入する。
「行くぞテメェら。本当に楽しいのはこれからだ。何するのも自由だそうだぞ。命令はただ一つ。必ず殺せ、それだけだ!」
「ゲードの旦那は最高だぁ!」
「女は勿体ねぇが、しょうがねぇ!犯し放題だし、いいとするか!」
虐げられてきた、賊達。武器を振り上げて、街に侵入する。悲鳴と火の手が更に激しく上がる。襲われる己の不幸を呪いながら、犯され、殺される、追われる。彼らは知らない。
賊たちが侵入した区画の人達、実は一番運がいいことを。
「ァァァァァァァァァァァァ!!」
「うぉっ…すげぇ悲鳴。股から割かれたか、生きたまま喰われたか…何にしても魔物共は容赦がねぇからなぁ」
賊の1人が肩を竦めて、そう漏らす。四つの門のうち、賊達が侵入したのはひとつ。他の三つは魔物達の軍団だ。人間の天敵、その強力さと容赦のなさは生理的な恐怖を芽生えさせる。
戦うとして、一番相手にしたくない部類の者達である。普段は冒険者とか言われる連中が一体一体相手するのだが、今回は軍団だ。
魔物退治に長けている冒険者達は尻尾巻いて逃げ出す光景だろう。彼らは魔物と戦うからこそ、その脅威も骨身に染みている。軍団とかした魔物と戦うなど、冗談ではない。
「あ、そうだ!ひとつ言い忘れた、スラム街には行くなよ!なんか、ゲードの旦那が欲しい人がいるらしいからな!」
「命令じゃなきゃ行きませんよ!それより、金もってそうな家をさがしましょう!!美人のご令嬢だとか、美人の奥様だとか!抱き心地良さそうじゃねぇっすか!」
「いい趣味してんじゃねぇか!よっしゃ!のった!行くぞテメェら!」
「オオオオッ!」
城塞都市マザラン。辺境軍はノムルスの連絡がなく混乱し、独自の判断でハザク討伐の戦力を分散させた結果、ようやく各地の対応に当たる頃には街の4割の面積を制圧されていた。その勢いは止まるどころか、更に激しくなっていく。
「な、なんだこれは。こんなこと…何故…?」
「何故だと?よくもまぁそのセリフを俺の前で言えるな」
「私がッ!この都市の民がッ!貴様に何かをしたかッ!?貴様の復讐の対象か!?何の罪も無く!貴様の事など一切知りもしない穏やかな暮らしをしていた者が殆どだぞ!?」
顔を真っ赤にして興奮する領主ノムルス。それを冷ややかに、しかし強烈な怒りが篭った瞳で見つめ。
「何の罪も無く?俺の事を知らない?だから……よくそれを俺に言えるな、愚かな王国の貴族が。俺は何の罪も無いのにも関わらず、見ず知らずの勇者とかいう奴のせいで右腕を失い、殺されかけたぞ?」
濁りきった、鈍い光を放つ瞳がノムルスを射抜く。僅かに気圧されるが、己が長年かけて築き上げてきた都市を灰燼に帰される怒りがそれを覆い隠し、さらに。
「だからなんだッ!俺はお前が罪に問われていたことも知らなかった辺境の領主だぞ!ゲード!貴様が受けたあらゆる仕打ちに俺は街は!関係していないッ!お前のその復讐とやらに我らは関係ないのだ!お前だって、それは分かっているはずだぞ!」
その言葉にゲードはニヤリと三日月のように口角を上げた。
「関係ない?そうだ、何も知らない愚かな民衆…彼らは直接的にはなんの関係もありはしないだろうな。しかし、それら全て王国の駒だ。無辜の民は何かあればすぐに王国の敵である俺に牙を剥く。俺は王国に小さな嫌がらせをしているのではない。戦争をしているのだ。負けた方の尊厳と命を奪う戦争を」
「……戦争だと…?笑わせるな。貴様如きが大国である王国に何ができる。ただ、自らの復讐に正当性を持たせる言い訳にしているだけだろうッ!小物風情が!」
もはや、死を覚悟したのだろう。怒鳴り散らすノムルスは更に続けた。
「貴様は結局、やられたことをやり返すだけの真の小物だ!赦すことが出来ないものは王の器では無いッ!そんな貴様が王国に勝てるはずがない!」
「やめろクナイ…まだ殺すな」
「……………はい」
ツゥーと流れる一雫の血。いつの間にかノムルスの首に刃物を当てていたクナイの眼には凄まじい怒りが見えていた。あと、ほんの数ミリ刃物を進めるだけで死ぬ。そんな状態でも、ノムルスは引かない。
「グッ…図星なのだろう!?ゲード!」
「………あぁ、そうだ。図星だよ。俺はやられたことを許せずに復讐している小さな小物だ。王の器では無い…」
椅子に座り、脚を組み換え静かに語りだすゲード。しかし、その余裕な笑みは変わらない。
「だが、それがなんだ?俺はそれでも王国を滅ぼす。俺に逆らった者全て殺す。お前らがどう思おうが知った事か、俺は俺の為に戦争がしたいんだよ」
「……狂人が…貴様に待つのは滅びだけだ」
「そうだな。だが先に滅びるのは王国だ。もはや、王国は王の国ではないしな」
「…待て、それはどういう…」
「おっと、そろそろ時間がなくなってきたな。急ごうではないか…クナイ」
「ハッ」
ゲードの合図で、背中に巻きついていたクナイがノムルスの関節を決めて身動きが取れないようにし。
「な、何をする気だ!」
「なに、すぐにわかる」
禁術である、強制力を持った奴隷刻印。それを刻む為に小さく詠唱を始めるゲードと左手に現れる術式陣に顔色を変えたノムルス。
「き、貴様!そ、それを…どこで⁉︎何故使える⁉︎その道に精通した者が貴重な魔法媒介を使用しようやく発動できる大禁術だぞ⁉︎」
裏のルートではいまだに使われるもの。今代の王が禁止したものだからいまだに根絶はできていない。しかし、それを何故元貴族であったゲードが使える?知っているだけなら問題は無い、使えることが問題なのだ。
それは、使用難易度が非常に高い魔法でもあるのだ。その会得に魔法の才がある奴隷商人は一生をかけるほどのもの。
「……俺の元右腕に刻まれていたのでね。解除する過程で覚えたんだよ」
そんなわけがあるかと、叫ぶことはもう出来ない。胸を焼く痛みに声にならない悲鳴をあげ。
その声は星空を覆い隠すほどの黒煙をあげる紅く燃える都市と一緒に溶けるように消えて無くなったのだった。
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