新たなる復讐者
「なんでも、ある地方の領主が王都の闘技場で公開処刑にあったらしいですぜ。勇者が指導してやったらしくていたぶるだけいたぶって殺さなかったとか。名前は…確か…ゲードとかいってましたね」
「…そうかい。王国はついに勇者を召喚したのか。それだけ聞くと中々危ない奴みたいだが…王国は良くなるのかねぇ…」
地方城塞都市マザラン。高い壁に街を囲まれており、今なおその壁の補強、増大の工事が鳴り止まない。帝国との国境が近い都市の為に辺境軍が数多く常駐しており、その為に武器や食糧などの物資も多く商人の往来も激しい。人口も三万と多く規模としては上の部類に入る大都市だ。
その大都市の路地裏の更に奥の一角に彼らはいた。剣を腰に括りつけ、鎖帷子を装備している男達。纏う魔力も、大きな身体も戦闘員として一流に近い者達。
それだけの武力を持ちながら彼らは騎士でも、冒険者でも無い。
「ハハッ、良くなったって私達には関係ないでしょう?ねぇ、ハザク団長」
「その呼び方はやめろ。もう俺は騎士団長じゃない」
その中でも明らかに別格の団長と呼ばれた男。鎧のせいではない身体の大きさは、天性の才能と努力の結晶である鋼の筋肉。丸太のような腕と厳つい顔は、団長という名を呼ばれるだけの貫禄を更に増させる。
だが、何よりも目を引くのはその男の背中に担がれた人の背丈以上の長さと腰ほどの太さを誇る大剣。それは強大なドラゴンですらその首を一太刀で切り落とせると言われるものだ。
並の男ならば三人ががりでも持つことはかなわない。それをハザクは片手で軽々と背中から引き抜き、騎士の誓いを立てるように大剣を顔の前で立てる。
「お前の言う通り、勇者がどのような存在であっても関係ない。王国を滅ぼす、それが俺達。王国最強の存在と謳われた第一騎士団の新たな騎士の誓い」
「そうですな」
バザクの隣にいた男も腰から剣を抜き、剣を立てる。部屋にいた全ての男達も次々と剣を抜いた。
「我々を陥れた貴族共への復讐の為。腐りきった国を壊す為。貴族の圧力に敗れ…我らの家族を根絶やしにした…愚かな王へ…我らの忠誠を見せる為に…」
「我らハザク騎士団長の元!この力を振るう!」
彼は騎士では無い。冒険者でも無い。地方都市マザランにて新興の裏組織ながら半分近くを瞬く間に牛耳った復讐者である。
王国歴代最強の名をあげるとすれば王国民は誰を上げるだろうか?現王国最強は現在最強の騎士団長を倒したノエルの名が上がる。しかし、王国民の一部の者はかの名をあげる。
二十年前、帝国が王国へ戦争をしかけようと強力な精鋭威力偵察部隊三百を組織して国境を越えてきた事があった。僅かな兵数ながら砦を次々と落としていく帝国の部隊に単騎で挑み、ついにその部隊を全滅させた男がいたという。
帝国兵の首をズラリと並べて、竜殺しの大剣を片手に王都へ凱旋した男の名は。
第一騎士団長ハザク・ヒューズ。
あまりに強すぎて、王国に警戒された悲劇の最強。
最凶の復讐者ゲードとの邂逅は近い。
地方都市マザランの領主、ノムルス・マザラン辺境伯は頭を抱えていた。彼は比較的に真面目な中年の男で、王から大事な帝国の国境近く、もしもの時の最前線になる重要な場所を任されるだけ有能な男であった。
無論、不正や腐敗がない清廉潔白の人物という訳では無い。ただ、他の貴族より酷くないというだけ。というより、国のお金を使うことを悪い事だという認識が貴族のあいだに無い現状、それでも使う額を抑えているだけよいといえのかもしれない。
どちらにしても、彼は王国にとって無くてはならない大事な実力者の一人であるのだ。
「…何なのだ…これは。何故…役人が次々に殺されている?これで…18人だぞ」
この街では役人に対してそれほど恨みを持つ人物は少ない。勿論、高慢な人間も横柄な人間もいる。だが、王都ほど酷いのはいないし、仮想敵国の帝国が近い土地柄もあって敵対意識は王国ではなく帝国に行きやすい。
だというのに、都市の治世を担う役人が殺されている。しかも、一切の手がかりになる情報も何も無く、見事な一撃で。
「……ゲード…か?」
兵士から聞いた話によると近隣の村人達が皆殺しにあっていると報告が届いている。それは見張りの者がゲードを見失ってからと時期が一致しており、動機的にも彼しかいない。しかも、アサシンをして見事と言わせる手腕があるという話だ。
それらしき人物を入れたとも見たとも報告は上がっていないが…。もし、彼が街に侵入したのであれば…大変な事だ。すぐにでも憲兵団を総動員して彼を捕えないとならない。
だが、それが出来ないからノムルスは頭を抱えていたのだ。
役人の不審死の報告書と、もう1枚の報告書。それは、更に驚嘆するもの。
「憲兵団が…壊滅?…なんの冗談だ…」
マザランの治安を維持する憲兵団の数は三百人。そのうち250名以上が死傷。真昼間から各地の駐屯所が襲撃され、数分も経たないうちに全滅だ。これでは、ゲードを捕まえる所かマザランの治安すら維持出来はしない。
「……仕方が…無い。国王陛下からお預かりした辺境軍をお借りし憲兵団が復活するまで治安維持に当たらせるか。後で早馬を王都に送らねば…」
辺境軍はノムルスの指揮下にあるが、所属としては王直属だ。つまり、王からの借り物である。軍隊制度は流石異世界の勇者が建国した国。王に権力集中しながらも、スムーズに軍を展開できる制度が整えられている。軍事において王国は強力なのだ。
「これで私の評価は地に墜ちたな…自身の不運を恨むぞ…」
失態と醜態。王から愚か者と叱責されるだろう。自身の領地で起こった事すら解決出来ない無能と言っているようなものだから。
しかし、それでもこれは尋常の事ではない。もし、これが全てゲードの仕業だとすれば…国家に対する明確な反逆行為。
そして、何より問題なのは反逆行為自体では無く。反逆を成す力を持っていることが問題だ。これは一刻も早く王に伝えなければならない。
彼の者のゲードは復讐の鬼となった。それを成す力を携えて。
この可能性を。王都にいらっしゃる王へ。そして、それまでに元凶の捕縛、ゲードならば今度こそ処刑だ。
「少しでも評価を上げなければな。王の辺境軍を総動員だ。しらみつぶしに街を探す。舐めた真似をした代償をその身で受けて貰おうかッ!」
評価などもはや気にしなくなり開き直ったノムルスは怒りに吼えた。必ずこの手でその首をあげてやると心に決めて。王に信頼された優秀な頭脳を回転させる。
戦力は圧倒的に有利だ。何故なら辺境軍の総数五千人。それは、街の二割近くの人口である。城塞都市に紛れ込んだ事を後悔させるには充分である。
「その身をあぶり出してやる、愚かな行いに震えるがいい!」
笑うその顔には愉悦が滲んでいた。圧倒的な戦力差を使い、弱きものを追い詰める強者の愉悦が。
この都市で最後に笑うのはどちらか。今は互いに笑っていた。方や、弱者をいたぶるのが楽しくて。方や、復讐の狂気に染まり強者を墜す事を考えて。
互いの声は届きはしないが、互いの哄笑は確かにそこにあったのだ。
三者三様、城塞都市マザランを巡る戦いが始まろうとしていた。