策略は蜘蛛の糸の如く
「ふぅ…やっぱりお姫様っていいね。なんて言うの?柔らかくて、いい匂いがするし、何より胸が大きい。最高だよ!」
「そんな…ユウタさまに褒められるなんて…私は幸せです」
「あぁ!いいね!そそるよっ!やっぱり!二回戦行くよ!」
「もうっ!ユウタさまっ!」
裸で抱き合う勇者ユウタと、ラオン王の一人娘であるカルネ姫。姫も王と同じ時に勇者の絶対服従の力でユウタの支配下にある者だ。
更に燃え上がろうとしていた二人に水を差す音が聞こえる。それは扉をノックする音と、ノエルの声。
「…失礼します。よろしいでしょうか?」
「ッチ…ノエルかよ…」
ユウタは少し苦々しい顔で部屋に入るように指示を出す。どうもノエルは苦手なのだ。絶対服従のはずなのに時折反抗的な目を見せる時がある。それだけでなく、軽い命令はたまに違反する。
冗談交じりでベットに誘った時は剣を向けられそうになったのだから余計に。
「むぅ…ユウタさま…私だけでいいって言ったのに。あんな…女を…」
「あ…あぁ。いや別にあいつには何にも無いよ。オレの好みじゃないし。貧相な身体には興味はないからね。あぁ!ノエル!入っていいよ!」
お互い、クスクスとノエルの身体で笑う。その様子に頭を捻りながらもノエルが入室する。
「お楽しみ中に申し訳ございません。報告です。反乱勢力が増大しています。街の裏組織も大きくなっているとも」
「んー。つい最近不満の捌け口を作ったばっかりだっていうのにねぇ…。ノエルに任せるよ。君は今や王国の軍事のトップでしょ?」
「………かしこまりました」
確かに、王国の軍事力を使えば反抗勢力など簡単に討伐できる。しかし、それは一つや二つならばだ。王国が変わらない限り、こういった勢力は増え続ける。
それを目の前の男はどれだけ理解しているのか。しかし、それを進言してもユウタは怒るだけだ。
「オレは異世界人だぞ!そんなこと簡単に解決できる!お前ら馬鹿とは違うんだ!」
と。解決できるのであれば、早く解決してほしいが。ノエルが賢しげに喋っても意味は無いことはもう学習した。
いつまでも享楽に耽るユウタ。王が何一つ決められない愚王になり、更に王国の腐敗は進んだ。反抗勢力の数も加速度的に増えている。
「………どうでもいいこと…ですね」
正直、ノエルには王国がどうなろうと知ったことではない。胸に大きな穴が空いたようで力が入らない日が続いているのだ。
「何故…私は生きているのでしょう…」
何か、自分が生きる全てがあったはずなのだ。それを忘れてしまった。残ったのは、無駄に優秀なだけの抜け殻。努力した理由すら忘れてしまった己は何のために日々を送っているのか。
「ノエル様!丁度良かった!ご報告があります!」
「ご苦労さま、何があったの?」
王城では見ない若い兵士。尊敬の眼差しでノエルを見る瞳に若干気後れを感じながら報告を聞く。
「監視していた大罪人ゲードを見失いました!ある村に潜入した所までは見ていたのですが…そこから監視の者達から報告が無いのです!」
「…ゲード……様…」
ん?なぜ自分は大罪人のゲードに様など付けたのであろうか。しかし、何故だろう。酷くしっくりとくるこの感じ。胸に開いた穴が満たされるこの気持ちは。
「報告ご苦労様。行っていいわ」
「ッ!は、はい!」
ノエルは笑っていた。その表情に若い兵士が見惚れ、正気に戻る頃には顔を真っ赤にして走って去っていく。
「……まずは…反抗勢力を潰してから。全部終わらせてから…ゲード…を見つける」
そう決めた瞬間に、ノエルに力が戻る。目に光が灯り、軍の会議を開くべく歩き出した。
「……必ず…見つける…」
ゲードの事を考えている時だけ、その時だけ身体に力が戻るのだ。それに向かって物事を進める時だけ、笑顔が増えるのだ。何故かは分からない、だがノエルにとって必要なことである事には違いない。
もしかしたら…ノエルにとって重要な存在だったのかもしれない。
これ程…やる気か起きる。剣を握り安息感に包まられるなど余程大きな存在であろう。
ゲードは大罪人である。悪名に溢れた男。そこから推測するに…記憶は無いが…もしかしたらノエルの復讐の対象だったのかもしれない。
「そうか…そうだったんだ…それなら辻褄が合う。ゲードは私にとって…もっとも憎い相手。だから、これ程までに…」
知らなかった。私はそれほどまでの復讐の鬼だったとは。ならば、己が成すことは。
「…必ず殺してやる。ゲード!私の手で…!」
ゲードへの強すぎる思いは歪んだ形でノエルの中に落ち着いた。それでもゲードが絡んだ少女は笑う。喋る内容は酷く恐ろしいのに、それでもノエルの心を満たすのだから。
ゲードを見失った兵士達。監視を行っていた暗部のアサシン達からの報告はもう無い。何度か探索部隊を派遣したが何処にもいなかった。
しかし、それより異常なものを見つけることになる。それは無人の村々。ゲードが姿を消してから森の中にあった村達が全部皆殺しにあっていたという報告が先程上がってきたのだ。
「……これは本当の事か?ゲードは右腕を無くし身動きをとることさえ苦労する怪我を負っていると聞く」
「…ゲードでは無いのかも知れません…しかし、ゲードの死体も見つからず…現状動機的に彼しか…」
「……魔獣の殺し方では無い…か。まるで一流のアサシンの様な見事な殺し方…と書いているが、これは?」
「書いている通りです。全て不意の一刀で命を断っています。同行したアサシンからしても見事と言わせる程の腕前です」
「ゲードにそのような力があったとは…。では、監視の者はゲードに…」
「その可能性は高そうです。ゲードは危険な男です、けっしてこの街に入れてはなりません。ただでさえ街に面倒が起きているのに…」
「そうだな。門番に伝えろ!怪しげな隻腕の男は決して入れるなとな!」
「ハッ!!」
地方都市マザラン。帝国にもっとも近いその都市はいざと言う時の為にあらゆる物資と数多くの兵士が常駐していた。
王国が誇るもっとも硬い都市の一つである。
そこの厳しい入口に、ある男が街へ入ることを願い出た。その男は仮面を被り、杖を右手に持ち褐色の少女に左腕を抱かれて進んでいた。
「止まれ!…そこの男!名は!」
そこに、兵士数人が男を囲み警戒する。
「えっと…ゲルトルトって言います。すいません…ご主人様、喋れない人で。あの…病気なんです…」
「……伝染るものか?…」
「いえ!私なんか数年一緒にいますけど元気ですよ!村の人も大丈夫ですし…多分元からの」
「そうか……ふむ…」
怪しい事は怪しいが……隻腕では無いし、一人でも無い。少し古い物だが都市へ入る許可証も持っている。
「よし…通れ!」
「…………」
「ありがとうございます!ってご主人様言ってます!」
頭を何度も下げる仮面の男。兵士達はその謙虚な姿勢から疑うのをやめた。褐色の少女の元気で明るい姿に、異国のものながら微笑ましく感じる。
「………って!お前ら!腑抜けるな!ゲードがこれから来るかもしれん!気を引き締めろ!」
「「「は、ハッ!」」」
門番達は持ち場に戻り、再度査定に戻る。そうしている間に仮面の男は街の中に消えていったのだった。
宿屋に付いて、一番高い部屋をとる。貴族であったゲードにしても上質だと分かるその一室の椅子に腰掛け、仮面をとる。
「ありがとう、ありがとう、無能でありがとう」
「フフッ。馬鹿な人達でしたね。私はどうでしたか?上手くやれていましたか?」
「あぁ、すごい良かったぞ。褒めてやる。こっち来い」
「あぁ!はい!すぐに!」
嬉しそうに距離をつめるクナイに右手で頭を撫でる。それに対し、少し不満そうなクナイ。
「……ゲード様は意地悪です…」
「ハッハッハ!冗談だ。義腕で撫でられても嬉しくは無いだろう!ほら」
「むふふっぅ!」
改めて左手で撫で回し、夢心地のクナイ。その姿はまるで甘える猫のようである。
ゲードがつけていたのは服を一枚脱げば分かるかなりごつい木で出来た義腕。大きな外套を来てようやく隠せるそれは、かなり無理のあるハリボテの右腕。
「さて、街に入ってしまえばこちらの物だ。計画を進めるぞクナイ…」
「はいっ!ご命令くださいゲード様!」
「ここではゲルトルトだ。外で間違えるなよ?」
「あ…すみません。ゲルトルト様。では…ご命令を」
「そうだな…まずは―――」
ソファに深く腰掛け足を組んで左手で頬杖をつくゲードは口を開いた。悪魔の囁きに、悪魔の少女が答える。始まりの二人。
それは街に入り更に加速していく。