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雪が——溶ける

 

「さて、ノムルス。指示通りあの号令は出したな?」


「ふん、命令だからな。もう効果は現れている。貴様のせいでこれから忙しくなるだろう」


 豪雪が降る季節は過ぎた。しかし、豪雪地帯であるマザランではまだ高く雪が積み上がり生き残った民達はこれから本格的に蓄えた食糧の奪い合いになる、そんな季節。


 暖炉がある執務室で一枚の紙を掴むノムルスはそれを、ゲードに投げ渡す。その紙にあるのは、悪虐の王国に従う時代は終わった!槍を取れ!王国を討ち亡ぼすのだ!の文字。


「わかりやすい文言だが、もう若い兵士がお前の名前言いながら志願してきている。嘆かわしいことだ」


「今や俺は解放軍のリーダーという扱い。当然だ、そういうふうに振る舞い、そういうふうに洗脳した。そうでないと困る」


「公然と悪魔王を名乗って起きながらそれでも人がついてくるのは気持ちの悪いカリスマだ。早く死ぬべき人間だよ、お前は」


「王国が滅び、勇者が死ぬまでは死なんよ。それが済んだら貴様の刻印でも消してやる、殺してみろ俺を」


 挑発的な笑みを浮かべるゲードの絶対的な自信を見て、ため息をつくノムルス。これは殺して死なないと思ったからか、無言で仕事に戻る。


「……ようやく戻ったか」


 その時、何かに気がついた様子のゲードは駒は揃ったと呟き部屋から出る。一人残されたノムルスは一人、大きく息を吐き。机の中の血塗れの小さな紙屑を大事そうに握る。


 そこに書いてあるのは、悪魔ゲードへの呪詛と血の文字で書いてある反乱の情報。


「俺ができるのは…コレを隠すことくらいだ。…頼むからあの悪魔を…だれか殺してくれ」


 力無い呟きは、胸の小さい範囲のみに響きすぐに掻き消えたのであった。











「戻ったかハザク」


「ハッ、長らくの不在申し訳ありません」


 雪の中を事なく進む巨漢、ハザク本人とコルク、ノシル。三人とも顔が随分と研ぎ澄まされている。


「良い、それで成果は?」


「これを」


 ハザクが背負っていた巨大なドラゴンの首。それをゲードへ見せる。


「これは?」


「千年は生きている龍種の名付き、業火のダーゴラです。単騎で討ち取りました」


「素晴らしい!ハザク!コルクとノシル!貴様らは最強の個として完成された!」


 業火のダーゴラその昔千人の軍を派遣しても討ち取れなかった最強の龍種として名高い魔物だ。これで、あのノエルを打ち破る準備は完璧と言っていい。


「敵を圧倒する軍を集め暴力的な数で敵を討ち亡ぼす!付いて来い。大詰めだ」


 雪が溶ける頃、全ての決着のために。


「勇者の首を」


「王の首を」


「俺の前に並べ、王国が滅ぶ様を眺める日も近いぞ」


 ニヤリと邪悪に笑う復讐の鬼ども。その視線は最早足元には向いてはいない。














「おかしい…。殺しても殺しても…減らない」


 今やゲードが率いる解放軍の暗部のトップになっているクナイ。毎日が粛清に次ぐ粛清で血の匂いを嗅がない日は無いがそれにしても、最近は異常だ。


「…裏に…何かいる?」


 ゲードを仇なす勢力が。それは


「許せない」


 剣呑な光を宿し、ゲードへの狂気的な愛があるがゆえに更に苛烈に粛清に明け暮れる。


 それは、明らかに逆効果で更に反ゲードの勢力を伸ばす結果になる。だが、幼い少女でしか無いクナイはそれに気がつかない。また、例えゲードの耳に入ったとしても捨て置くだろう。どこまでも人を、民を見下す彼はその力を過小評価する。


 それは着実に忍びよる病理。ゲードは人類の敵だ、それを正しく見抜いた彼らは驚異的な忍耐力でその時を待つのであった。










「雪は止みました、準備を始めます!」


 王都では騒がしい雪解けになった、国庫は殆ど空な状態だが限界まで準備を進める。


「食糧を売るのは許しません。これ以上は餓死者を出してしまいますから。病の者には無料で医者に診療することを許可!離れた民の心を繋ぐには親身になるしかありません!それがもうすぐ待つ決戦で槍を持つ者の数に大きく影響すると知りなさい!」


 テキパキと指示を出すノエル。それをつまらなそうに眺める勇者と目が合った。


「勇者様!何をされておるのです!軍の最高責任者としてやるべきことがあるでしょう!」


「……俺にできる事?何があるの?」


 卑屈げな顔をしてノエルから顔を背けようとするが、となりにいる姫が勇者の手を引く。


「勇者様の出番がやって来たんですよ!行きましょう!ね!」


「……わかったよ。行くから手を引っ張るな」


 渋々と言った様子の勇者は、ノエルの前まで向かい不遜な態度は変えずに聞く。


「何をすればいい。教えろ」


 言葉は悪いが、こう聞くまでなったのは少しは成長したのだろう。というより最初が頭おかしすぎたとも言えるが。最低限自分の浅知恵は通用しないと分かればそれでいい。


 こう割り切って考えられる私は確かに、軍の指揮官の才能があるのだろう。個人の感情を度外視して必要なものを使うという選択ができるのだから。


「勇者様は民が不安に思っている悪魔王ゲードについて、心配ないと鼓舞してきてほしいのです。民は勇者様の姿を待ちわびています。一度の敗戦などいくらでも取り戻せますと」


 勇者が冷ややかな目で見られているのはあくまで王宮内の話だ。市井の民にとっては国を救う勇者様に変わりはない。いや、むしろ悪魔王ゲードというわかりやすい敵が現れたこそ勇者の存在を熱望している。


 敗戦で落ち込んでいる空気を吹き飛ばし、一気に決戦の機運を高めるなら今がちょうどいい。


「もうすぐ、勇者様が望まれた大聖戦が近いです。ゲードの首を勇者様の前に置くことは約束いたします」


「……わかった。用意しろ」


「ハッ」


 勇者の演説による戦の機運高め、募兵は順調、練度は冬の間にかなり上がった。


「あとは…」


 一つ一つ、準備を進めていくノエル。そのやり方はやはり遠い場所にいるゲードと似ていて。


「軍議を開きます、勇者はいません。至急集まるように」


 隙が無く、素早く、そして機械的だ。互いの読み合いはまるで鏡を見ているように。








「して、戦場はどこにされるおつもりですか?」


 軍議中にハザクが核心を訪ねる。


「我々が有利なのは敵より数が大きいこと。それで罠を仕掛けにくく、動きやすい。つまり広い平野だ」









「王国で広い平野といえばあそこしかありません」


 王国地図の明らかにひとつだけ抜きん出て広い平野を指差す。


「そ、そこって」


「ええ、そうです。元貴族ゲードの元領地、私と」










「俺の故郷。フィーリ平野だ。そこの地理なら詳しい。それに、俺のとっておきだ、俺を見捨てた奴らの巣窟だからな」


 故郷に戻った時ボロボロのゲードに石を投げた子供。罵倒した農夫。その全ての顔は今も鮮明に覚えている。


「真っ白な灰にしてやるよ、だからわざと去年攻めなかったんだ。キチンと壊さないと……気がすまなかったからなぁ!」


 珍しく強く出る狂気。それは、多分愛していた、信じていたことの裏返し。









「守らねばなりません。彼から、私の…故郷を」


「壊す。今度こそしっかりと、俺の故郷を」


 地図を握り潰すゲードと、拳を握りこむノエル。その想いは同じであった筈だ。そんな過去など最早遠い過去のように二人をどこまでも分かつ。







「そして大聖戦です、今度こそゲードの首を、これで悪夢を終わせます」


 果たして道化はだれか、民のために戦う彼女はその正義を疑いはしない。


「そして決戦だ、次は勇者の首を。これで…王国を完全に潰すッ‼︎」


 ただ、己の復讐のために戦う彼は、行き着く先その未来を見ていながら歩を緩めたりはしない。




 雪が———溶ける。



はい、書き溜めこのあたりで終了です。感想と評価の多さで作者のやる気が大きく上下しますのでよろしくお願いしますね!

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