垂涎の戦い
「クナイ、ここが何処だかわかるか?
「え、魔物の森では無いんですか?」
「そう、魔物の森ではある。しかし、ここは一味違う。この森はな」
魔王の墓場。そう呼ばれる場所だ。その由来も名前の通り。
「魔王…?そんな人がいたんですか?」
「あぁ、最早数千年前。神話の域の話だがな。魔王と呼ばれる魔物の頂点に立つ存在がいたらしい。それは、他の魔物を支配下におき、勢力を広げ遂に人間に宣戦布告した」
ゲードが語り出したのは古い古典のようなもの、知識人であれば皆知っているお話。
「ここが墓場ってことは…負けたんですか?」
「あぁ、その当時の勇者にな。大陸の八割を支配していた最強の魔王の覇道はそこで終わり。その決戦の場がここだ。その強力過ぎる魔王の残滓があるせいかここの魔物は皆、凶暴で強い。そしてたまにここに迷い込んだ人間が消えるという噂もある」
「……だ、大丈夫何ですか?」
「フン、問題無い。多少のリスクはあるがそれでもここの魔物の戦力は必要なものだ。クナイ、斥候の役割はしっかりと頼むぞ」
「は、はい!」
ビクリと震えはするが仕事はキチンとこなすクナイ。少し怖がらせる事を言ってクナイの反応を楽しんではいたが、どの噂も噂の域を出ないものばかりだ。リスクの内に入れるまでも無い。こう言う曰く付きの場所にはつきものである。
「さて」
気を引き締めなければいけないだろう。ここの魔物の脅威度は確かに他とは群を抜いている。逃げる時、足止めすらできないような魔物では話にならないもっと、強力な魔物を。
「贅沢言えば、そうだな。その魔王様でも俺の元へ来れば良いのだがな」
なんて、数千年前だろう?最早骨すら残ってはいまい。
「これで、五匹目だ。ハア、流石に消費する魔力は桁違いだな」
「でも、凄い強さでしたね。ゲード様の高位の魔物がまるで歯が立ってませんでしたし」
「あぁ。しかし、これからは弱い魔物などいらん。いい間引きができたとでも思うさ」
なにせこの森では魔物など腐るほどいる。一体一体が小さい都市なら落とせるだけの力を持つものばかりだ。ゲードからすれば宝の宝庫。
「よし、さらに奥に進むぞ……ん?」
「どうかされましたか?」
「いや」
僅かに感じた魔術を発動した残滓。しかも、感じたことが無いものだ。魔法の天才をしてそう思わせる何か。
いや、天才的な感覚があるからこそそれに気がついた。そして、それはもう遅い事を咄嗟に理解。
「ッチ。しくじったか。まさか噂が本当だったとはな」
「ふぇ!?」
クナイを抱き寄せ、身を守るプロテクトを何重にもかけ、それが完成した瞬間に周りの景色が一変。まだ昼にもなっていない時間。そのはずなのに空は星空の無い暗闇に覆われ、木々は枯れて、美しい小川は毒毒しい沼に変わり果てたのであった。
「転移魔術か、それとも結界でも張ったか」
「両方正解だ、悪辣なる者よ」
ゲードの言葉に答える者。クナイでは無い。では、誰かなど考えるまでもない。
「まさか、噂が本当だったとはな。お招き感謝するよ。古の魔王よ。驚きだ、まさか貴殿が人間だったとは」
ゲードの前に現れた中年の男性。容姿は普通の村人と言った感じで、なんの覇気も感じられない。
「クックっ、わかっていて聞いているな。これはただの肉の器よ。我が魂を一時的に置いて置くだけのな」
「とうに朽ち果てた訳か、元の身体は」
「もはや忘れたよ。そんなもの」
数千年前の話だ。なんてそんなセリフが聞ける日が来るとはと少し思いながら、話を前に進める。
「それで?俺に何の用だ?俺は暇ではないのでな。楽隠居魔王の相手などしている暇はない」
「何、要件は簡単だ。貴様の身体を頂きたいだけだ。人間の中でも若く大陸でも屈指の才を持っておる。見逃すはずがあるか?獅子の前に極上の肉がある状態を」
その言葉に好戦的な笑みをうかべ。
「なら、戦争だな」
そう、のたまった人間の男。あまりに不遜、あまりに現実を知らない。
「クック。ほう、この我に戦争を挑むか?身の程知らずにもほどがあるようだ。この姿でも、この人間の魔力でも、ことごとくを貴様を凌駕するぞ小僧」
ならば、現実を教えねば。その高くのびきった鼻っ柱を根本から折り、跪かせその身体を支配する。
まるで、あの大陸を駆け抜けたいつかのように。あの、楽しかった時のように。それが突然奪われた日以来の。
無邪気に笑う男性の顔は邪悪などなく、ただ戦う事を純粋に楽しんでいるように見えた。
「ここが何処だか知らんが。契約している魔物とはパスは繋がっているのは感じていた。なら、戦争は出来る。どちらにしてもアイツをどうにかしなければここを出ることは出来はしないからな」
「わ、わかりました。私も精一杯お手伝いさせて頂きます」
巨大な魔術陣を発動させ詠唱するゲード、その前に立ち塞がるクナイ。
「冥府の王よ!古の神話の時代!我と共に駆けたた同胞!その魂!その力!このひと時借りるぞ」
「「「ォォォォォォ」」」
魔王の後ろに現れたの白骨の魔物達の軍勢。カチカチと歯を鳴らし現れる数はこの世界の地平線を覆い尽くすほどの数。
「……流石は古の魔王だ。だが、それは見かけだおしだろ?」
「フンッ…可愛くない小僧だ。だが、そうだ。本当なら全員生前の姿でしかもこの倍の数は用意出来るが…この人間では不可能。これでは楽しく戦争などできぬ」
そう言い、その数の殆どを消し去り残ったのは三百かそこらの魔物の白骨達。これが今の魔王が指揮できる最大数なのだろう。
「その中年男のどこにそんな魔力があるのか、そちらの方が謎だが…。まぁいい、こちらも準備はできた。新旧の魔物の対決といこうじゃないか」
ゲードの後ろに出現したのは無数の魔物達。先程仲間にした魔物もいれば、幾たびの戦に参加して古傷だらけの魔物も多い。そのどれもゲードが厳選した三百。
「……ほう?この我を相手に同数で戦おうと?貴様はその三倍は出せるのはわかっておるぞ?…舐めているのか?この古の偉大なる魔王と呼ばれた我を」
「俺も恥ずかしがながら現代で悪魔王を名乗っているのでな。魔王如きに同じ条件で負けるわけにはならんのだ。見せてくれよ、古の魔王、その力を俺に」
挑発している。煽っている。そんな事、百戦錬磨の魔王にはわかりきっている。わかりきってるが、それが今はそれが何故か堪らなく面白い。
「その言葉よく覚えておけ!大陸を統一まであと一歩まで迫った我が采配に屈するがいい‼︎」
魔王の号令に走り出す白骨の魔物達、それに静かに右手を横になぎ受ける構えを見せる魔物達。
もし、この場面を更に後の歴史家が知れば垂涎ものだろう。それだけ歴史を代表する両者の戦いはついに始まったのであった。




