最強のヴァルキリア
「フッ!ハッハハハハハハッ!ザマァ!ザマァァ‼︎ザマァァァァァ‼︎カスがッ!ゴミが!異世界人の分際でこの勇者である!選ばれた存在であるこの俺を!敵に回すからこんなことになるんだ低脳のバカが‼︎」
「……勇者様、戦傷に触ります。どうかお静かに」
「構わん!この程度!」
「勇者様…お静かに」
「…わ、わかった。傷に触るものな、仕方ない」
形成が逆転した瞬間に騒ぎだす勇者にノエルが半ば睨みつけながら黙らせる。荒く、肩で息をするハザクは完全に膝をつき次の一手には死が待っている体勢だ。
「クッ…クック…しかし…このような国にこれほどの強者がいたとはな。ましてや、まだ年若い女ときた。歳をとり腕が落ちたと言ってもまだ若いのには負けるつもりなかったのだがな…」
傷と血に濡れた身体にはもうそれほど力が入らない。半ば笑えてくる事実。だが、一切笑みは無い。その程度で諦められるほど温い復讐の炎は燃やしていないのだ。
「化け物が‼︎この復讐の鬼を殺したければこの首刎ねてみるがいい!そのかわり貴様の腕一本くらいは貰い受ける‼︎」
再度立ち上がり底を突き掛けた魔力、気力を振り絞り折れた大剣を掴み吼える。その凄まじい気迫に勇者は小さく悲鳴を上げ尻餅つき後ろに下がる。
ビリビリと震えるそれにノエルも冷や汗が一筋。
「流石…王国最強と知られたハザク殿です」
「生憎、貴殿に言われても皮肉にしか聞こえん!ガァァ!」
折れた大剣を振り上げ再度ノエルと打ち合うハザク。その速度はまさに神速の域。真に最強同士の戦いにふさわしいものだと言えるだろう。勇者では剣の軌道を目で追うことすらできはしない。
「フッ!」
「グゥッ‼︎」
しかし、やはり差は縮まりはしない。徐々に押されていきその刃がその首に届くその瞬間。
「ハザク‼︎そいつをまともに相手するな‼︎退却だ!最低限の目的は達している!一刻も早くそこから脱出するんだ!」
——ゲードが現れた。
「…ァ…」
後、数ミリの距離までノエルの刃はハザクの首に近づいていた。それで、勝敗がついたのだ。
しかし、それらの理性、やるべき事、使命、責任、その全てはゲードの姿を見て一瞬で消え去った。
いや、塗り潰されたと言った方が適切だろう。多分ノエル自身も分かりきっていない到底抑えきれない激情に。殺意だと仮定したそれに瞳孔が狭まり、ただゲードのみを見つめ一切のタイムラグなく脳がその存在を認識した瞬間、高速で駆け出す。
「グッ!ハザク!いいか離脱しろ!わかったな!」
森を駆けるに適する狼の魔物に跨りノエルから逃げるゲード。狼に直接しかも全力で魔力を送り身体能力を限界まで強化しているはずなのにそれでも、若干ノエルの方が走るのが速い。
「知っていたが化け物め!敵に回すとここまで厄介とはな!戦力計算が根底から崩される‼︎」
それを育てたのは自分だというのがなんとも馬鹿らしい。
「復讐が終わってないのに死ねるか!クソが‼︎」
「…殺す…殺す…殺す…」
背後から聞こえる声が徐々に近くなっていく。
「グッ、魔物よ我が求めに応じ現れよ!行け!」
契約した魔物を何体か呼び寄せ足止めに使おうとするが。
「馬鹿な!高位の魔物が足止めにもならんだと⁉︎」
その足が止まることはなく、殺意を灯した瞳でただゲードのみを見つめ剣を構えた。
「少しでいいというのに‼︎数秒持ち堪えるだけで!」
この速度で逃げてるのだ。それだけの時間があればこの暗い森の中だったら簡単に巻ける。流石に夜目は魔物の方が効く。
……筈だ。
最早、数十秒以内捕まる。そう確信するほどの危機にあるゲードにしか分から無い気配を感じ口角を上げる。
「いいぞ!最高だッ!クナイッ‼︎」
「ハァァッ‼︎」
「ッ!」
いくらゲードしか見ていないと言っても命に関わる攻撃は防ぐ。しかし、ほぼ意識外の攻撃でノエルの足は完全に止まった、そのままクナイの怒涛の連撃にノエルは一時的に防戦一方となるがすぐにクナイを弾き飛ばした。
(良くやった。闇に紛れ離脱しろ)
「はい…ゲード様」
奴隷契約のパスからの念話。紅い瞳は愛しのゲードのお役に立ったことで嬉しそうに細まり、また何処と無くノエルを嗤った。
その様子に無性に腹が立ったのは何故だろう。ノエルは本気の殺意を込めクナイと呼ばれた少女を睨むがすぐに闇に溶けて消えていった。
ゲードはとっくの昔に走り抜けてもう姿は見えない。足跡を追うにもこう暗くては不可能。深く暗い森に一人、妙にあの少女への苛立ちだけが残る。が、ゲードの姿が見えなくなり徐々に理性が戻るノエルはすぐに己の行動を恥じ入った。
「……私は何を…」
すぐさま、踵を返して元来た道を戻るがその走る速度は全力で走っているにも関わらず先程の速度には遠く及ば無い。
「オォ‼︎敵が退いて行くぞ!あんな恐ろしい帝国軍と魔物を退けたんだ!これも全部ノエル様のおかげだ!彼女がいなければ我々は全滅していた!」
「オォ!女神を!戦乙女よ!」
「王国の軍神だ!最強無敵の軍神だ!」
いくら後半盛り返したからとはいえ一度完全に心を折られた相手だ。恐怖に震えながら戦ったことだろう。退いて行く帝国軍と魔物の群れに武器を落とし喜ぶのも無理もない。その功労者、救世主は確かに彼女だ。
徐々に神格化されるノエル。また、酷過ぎる勇者の指揮と確かに天才的なノエルの指揮の対称も余計にそれを加速させた。
「オォ!ノエル様だ!」
怪我をしてうまく歩け無い勇者に肩を貸し、深い森から出て来た彼女に対して凄まじい歓声が降りかかる。
「…ククッ凄い歓声だ。人気者は辛いね。傷だらけで身体を少しでも動かすと激痛が走って常人なら気を失うけど…俺、勇者だから。手ぐらいは振らないと」
「…………勇者様、兵への慰労はそれで十分でしょう。あとは私が及ばずながらも変わりますのでお休みください」
「……あぁ、怪我を心配してるんだね?全然平気さ。やっぱり勇者の義務感っていうのかな。それが俺に力を与えちゃうのかなぁ〜」
「勇者様を頼みます」
心なしか冷たく投げ飛ばし勇者の愛人の女に預けた。なんとなく空気を察した女たちは上手く勇者を誑し込み奥に連れていく。
「……皆さま、この度の戦の参戦が遅れてしまい大変申し訳ありません。私の愚鈍な動きのせいでこれほど大きな被害を出してしまいました」
そう言い、深く頭を下げるノエルに王国軍兵士はシーンと静まりかえり。そして、すぐに爆発するようにその言葉に反論した。
「そんなこと無い!ノエル様がいたから俺たちは生き残れたんだ!ノエル様万歳!」
「俺たちの英雄に万歳!帝国軍を打ち払ってくれ!魔物を打ち払ってくれ!」
「我らが軍神!最強のヴァルキリアだ!王国の敵を悪魔の如き敵をその力で打ち払っておくれ!」
その反応に正直戸惑うノエルだが、短い間だが彼女と共に一緒いた近臣は彼女の能力を知っているからか納得顔だ。
「ほら、ノエル様。手ぐらい振ってあげて、あんなクソ勇者が汚い手を振るより兵たちは喜ぶわ!」
「わ、わかったから。押さないでよ」
渋々前に出るノエルが恥ずかしげに小さく手を振り、それがまたどこか違うスイッチを入れたのか男の兵士達は更に大きな歓声を上げてその声は地を震わすほど。
その日、一時的に王国軍は退却。結果だけ見れば二万の軍の半分以上死傷した未だかつて無い敗北だろう。しかし、内実は違う。同胞を殺された恨みと、新たな英雄の誕生。王国の軍はかつて無いほどの力を得ようとしていたのだった。




