姓なき卑賤の者です
「なに?今更、まさか復讐とか考えているの?ダサッ…やっぱり遅れているんだなこの世界って。帝国軍に紛れてここまできたんでしょ。俺にわざわざ会うために…ププッ笑える」
ゲードの顔をみた勇者はすぐに片腕がない事に気がつき、すぐに強気になる。
「……何だそれだけか?もっと、笑っていいぞ?俺はお前の信じられないほど下手くそな指揮をみて散々笑ったからな」
「……は?なに言っちゃてんの?やっぱり低脳はダメだね。あれは教えるのが下手なのが悪いんだよ。そんなことも見抜けないの?やっぱり無能だね」
いったいどうやってそんな事を見抜くと言うのか。たしかにこれはハザクの言う通り失笑しか出て来ない。
「おい…何笑ってんだよ」
「なんだと思う?当ててみろよ。ヒントはお前のオツムだ。難しいか?分からないかな〜?」
「……お前、状況わかってんの。俺は大陸最強だぞ?」
露骨な話題のすり替え。強引な脅し。勇者?これが?
「お前元の世界とやらでも、馬鹿にされてなかった?それともこんなのばっかりなの?異世界って?それ、社会として成立するの?」
「お前…殺す。今度は殺す。あれだけ慈悲深い事をしてやったのに。運が悪いね、温厚な俺を怒らせたらどうなるかどうなるか。元の世界でも俺は恐れられてたんだ!」
「あぁ、なるほど。友人はいなかったと」
「ッ‼︎」
剣を抜き、ゲードの元へ走る勇者。その顔に余裕はなく、ただ必至に何かを守ろうとしていた。
「なっ⁉︎」
「お前が…勇者?王国も落ちたものだな」
勇者の剣はゲードは届かない。その剣を軽々と受け止めるハザクに、勇者は顔を蹙めた。
「おい?勇者様?怒らせると…なんだって?どうなるんだよ。早く教えてくれよ、なぁ」
「こッ!この!ふざけるな!こんなのはフェアじゃない!一対二じゃないか!卑怯者!」
「軍を率いている人間のセリフとは思えないな。まぁ、安心しろ。俺は手を出さない。ハザクとの一対一だ。これで満足だろ?勇者様?」
「信用できるか!このッ!グガッ⁉︎」
ハザクをどかそうと、その人間離れした膂力で剣を薙ぐが残念ながら人間離れしているのはハザクも同じ。勇者の剣がピタリと止められ、腹を蹴り抜かれた。
「ガッ…アガ…い、痛いッ!な、俺?が…チート貰ったのに!…なんで勝て…ない⁉︎」
剣が宙をまい、腹を抑え蹲る勇者は痛みにのたうちまわる。
「アハハハハハハッ!なんだそれ!異世界にいる生き物の真似か?なんの生き物か分からんが、実に気持ちの悪い生き物だということがわかったぞ!この世界ではツカモトという名の虫にしようか?辞典に乗せてやる、異世界にいる気持ち悪い虫の名前だとな!」
「ハッ…ガァ…」
未だに苦しむ勇者にハザクが近寄り、立てといった。
「それほど強くは蹴っていない。その程度で蹲るな、勇者を名乗るならな‼︎」
「グッ…こ、こんなの反則だろ。騙したな。チートがあるって言っていたのに…最強だって…」
実際のところ、最強になれるだけの素質が備わるという意味だ。それを曲解した勇者は文句を言い続ける。
「無理だって。絶対。勝てないし。知的な俺は野蛮な暴力が嫌いなんだ。だからこの世界は遅れて…」
「立て。次は無いぞ」
ハザクの言葉に小さく悲鳴を上げ。
「うあわぁぁぁぁぁ‼︎」
もつれた足で逃げ出した。
「……ゲード殿。どうされますか?」
「生け捕りだ。決して楽に殺すなよ。ハザク」
「…わかりました。では、行ってまいります。ゲード殿は?」
「……もう少し、この戦を眺めようと思う。正直…少し拍子抜けだ」
「……私もです。では、行ってまいります」
再度、高台に登り戦の趨勢を見守る。総大将である勇者は逃げ出し、実質的に指揮していた将軍も死んだ。勇者が掻き乱した指揮のせいもあってもうぐちゃぐちゃだ。
「俺は…こんな国に全てを奪われたのか。あんな無能に、右腕を…ノエルを奪われた。笑え……無いな。まったく」
帝国軍は命令通り、軍を撃ち破り、魔物が討ち漏らしまで丁寧に一人残らず殺して回っていた。二万の軍も最早半分近く殺されていた。最早、戦は終わっている。事実何度も王国軍は白旗を掲げているがそれを無視して帝国軍は戦を続ける。これはゲードの命令だ。
「全滅までやれ。全滅だ。全員殺せ。一人も残すな。王国という国を終わらす。その国、人、歴史その全てを汚し貶めいれ、消し去ってやる」
その考えは最早人間では無い。悪魔というのも生温い。まさに悪魔の王として、人間の敵として君臨しようとしていた。憎しみしかない、復讐心しかない。疑いしかない、信用は誰もしない。
「王都を落としたら毎日千人ずつ殺すか。巨大な王都は正確な人口が分からないと聞く。それで王都から人が消える時に人口がわかるだろう。それは少し面白そうだ。支配下の魔物をもっと増やして、村を襲わせようか。人間と魔物の間に子供が生まれるなんて話も聞くな…これはかなり面白そうだ」
虚ろな目で、王都を落とした事を考える。ゲードには人間を統治するという発想は無い。ただ殺す。
それだけだ。それだけになってしまったのだ、彼は。最早人間として致命的なまでに壊れていた。
「次は…次?王都から人がいなくなったら。今度は…ハザクを殺そう。ミードルを殺そう。ノムルスを殺そう。全員殺したら…クナイを殺そう。いつも通りあやしながら、首に毒を差し込む。なんて…言うのであろうな…」
そして、そして。あぁ、アイツがいたな。
「ノエルが。アイツは……………」
殺そう。その言葉が出て来ない。自分がノエルを殺す場面がどうしても想像できない。
何より鮮明に、光り輝くいつかの未来。見えるのは自分がノエルに殺される場面。
「……ん?」
視界の端、何かが見えた。それはこの戦場にいるはずが無い百人ほどの少ない集団。ゲードは知らない。戦が始まる前に確認したがあんな集団はいなかった。
「何者だ?」
首を傾げるゲードは高台にいるからこそ気が付いた。軍が急速に建て直されていくのだ。
「……おい。おいおい……?嘘だろ」
最早一万人を切った軍が、帝国軍を押しとどめ——なんと押し込み始めた。
「……あり得ない。誰だ…?この状況から逆転?そんなことができる者など…王国に…。ッチ、これでは無能勇者と同じだ。奴隷刻印に命令、魔物ども遊撃中止側面から攻めろ」
すぐさま魔物がゲードの命令通り動き始める。それによりまた軍が崩れかけるが、また建て直される。
「なっ⁉︎グッ!グルグズ部隊!魔物も全部出すぞ!側面から挟撃!帝国軍は押し込め」
どの手も効果はあるがすぐに建て直される。そして、手がなくなったゲードは唖然とする。
「…押されている?バカなッ!」
息を吹き返した王国軍に押され始める帝国軍。帝国軍の負担が大きいぶん、こちらが崩れそうな気配すらしてくる。
「劣勢…?クソッ!一体なにがどうなっている!この状況を…打破するには…アイツしかいない」
奴隷刻印伝いで命令を発する、それは敵の新しい指揮官を発見、あわよくば殺すこと。そして、ハザク。軍を立て直すならば彼が適任だ。しかし、反応が無い。
「……何をしているッ!おのれッ!」
狼の魔物に命令し、ハザクの元へ急ぐ。まだ死んではいない。それ以外の要因とすれば、命令に従う余裕が無いかだ。
だが…誰に?勇者は弱い。ハザクの敵では無いはずだ。
「……流石に強敵でした。元第一騎士団団長ハザク・ヒューズ殿」
曇り空が晴れてきた。月明かりが、平野を広く照らす。その中で鼻水と涙でぐしゃぐしゃの勇者の前に立つ少女と、竜を断つという大剣を折られ片膝をつく巨漢。ハザクその人だ。
「……グフっ…お、んな。お前は……何者だ?」
「私ですか。たいした者ではないですよ。名乗る姓なき卑賤の者です。ですが、しいて名をと聞くのであれば名乗りましょう。私は———ノエル。ただのノエルです」
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