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人は憎しみだけでここまで来れる

 

「……ん?なんで、軍が前に進まないんだ?」


 勇者、塚本の疑問に答えるられるものはいない。多数の兵士に担がれた大きな神輿の上で王都から連れてきた美女とイチャイチャしていたが流石に訝しんだ。それだけ長い時間、進んでいないのだ。


「おい、何があった?」


 近くを慌ただしく走り抜けるひとりの将を呼び止め、聞く。


「勇者様!い、いえ。少し問題が…」


「たいしたことないってこと?じゃあ、早く解決してよ無能だなぁ」


 勇者の言葉に、ピクリと眉を動かした将。しかし、すぐに頭を下げてその場から離れていった。


「勇者さまぁ、何かあったんですかぁ?」


「いや、たいしたことないみたいだよ。笑っちゃうよね。みんな頭悪い無能なんだよ…俺がいなかったら何にも出来ないんだ」


「勇者様すごーい!」


「だろ、俺はこの遅れた世界からしたら神さまみたいなもんだよ。本当に凄いんだぞ、俺の世界には車っていう乗り物があって」


 塚本は女性の言葉にすっかり乗せられて、また話始める。彼は多分、気が付かないだろう。もう、この軍に彼の意見を求める者はいないと。お飾りの総大将。先頭集団で起きていることも彼には伝えられない。


 そして、それは正解であると言えた。この時彼が口出しをしていれば、次に訪れる事に軍は耐えられないだろうから。


















「ゲード様!だいたい仕留めてきました!」


「ご苦労だ。クナイ、こちらに来い」


 返り血が大量に付着したクナイがゲードの元へ帰還した。報告を聞くまでもなく、その格好からゲードの命令を完遂してきたことがわかる。


「ニフフフフ…」


 クナイはゲードに身体を密着させ、まるで猫のように気持ちよさそうに頭や顎を撫でられていた。顔の紅潮具合も感じる熱も以前とかわらない。


(変化なし。忠誠心に変わりはないな)


 ゲードは優しそうな顔の裏で、冷徹にクナイを観察。撫でている左手とは逆の義手がはめられた右では毒針が仕込まれていたが静かにしまう。


「さて、将をおおかた討ち取り骨抜きにした軍とはいえ二万の大軍だ。大戦と言えるだろう、気を引き締めて——徹底的に殺し尽くせ」


「ハイ!クナイも頑張ります」


「という事だ、クナイはこれからも戦場を撹乱して貰う。ハザク、お前は俺といろ。戦は帝国軍と俺の魔物どもにやらせておけば問題ない」


「…ハッ」


 闇に消えるクナイ。その場には移動用の大きな狼の魔物と、ハザクのお気に入りの怪馬。他の人員は全て配置に付いた。


「時が来たら行く。今はここでのんびりと見学させてもらおう」














「おい…なんだあれ…」


 王国軍の兵士の一人が何かに気がついた。月明かり、星の光が見えない程曇天の空。暗闇が支配する広い平原。松明を掲げて見回りをしていた彼が見たものは光。それも百、二百と増えていきその数が数千に達しようとした時に、敵軍が掲げる軍旗が見えた。


「帝国…帝国!て、て、敵襲!敵襲!帝国軍だ!」


「……こんなところまで駆り出されるとはな、奴隷とは悲しいものだ。が、王国軍と戦えるというのは貴重。皆の者、王国の腑抜けどもに見せつけてやれ、帝国の力をな」


 ミードル将軍が静かに右手を上げ、前に振り下ろした。


「蹂躙せよ」


「「「「「オオオオオオオオオオッ」」」」」」


 光が爆ぜた。弓矢の、魔術の詠唱、準備のできていない王国軍に降り注ぎ前線はほとんど抵抗できないままにその命を落とし、軍は崩壊していく。













「何が起きている!」


「帝国軍です!帝国軍が強襲してきました!」


「なっ…何故…ここがわかった?ここは王都に近い場所だぞ…帝国軍が入り混んでいい場所ではない…」


 王国側の将軍。彼は、夜に起こった将クラスの暗殺事件の対応に迫られている時であった。


「ぐっ、そんな事を言っている暇はない!すぐに前線となっている場所に増援だ。まず混乱から立て直す!それからだ!」


「わかりました!」


 そう返事をして去っていく兵士とすれ違いボロボロの兵士がまた将軍の元へ転がりながら報告に来る。その身体は血塗れで、しかし傷は刃物から付けられたものではない。


「ご報告申し上げます‼︎大量の魔物が現れました!」


「魔物だと⁉︎ぐっ…数は!」


「わかりません!ただ、百や二百ではありません‼︎普段ではあり得ない数です!」


 魔物は夜目がきく。人間とは違い松明は使わない。広い平原でどのくらいに数か把握できないのだ。ただどちらにしても、あり得ない数には変わりない。


「ぐっ…おのれぇ!」


「し、将軍!大変です!」


 また、将軍のまえに現れる兵士。


「今度はなんだ!」


 そう怒鳴る、将軍はそのうしろにいた男を見て顔を青く、絶望した。


「勇者様が…」


「そう、俺が指揮したい。なんかピンチみたいだし。無能に任せて負けられても困るからさ。ほら、やり方教えてよ。どうするの?すぐに勝利に導いてあげる。選ばれた、勇者としてね」


 そう、場違いなほど楽しそうな口調の勇者が現れたのだ。















「なんだか急に動きが悪くなったな。ある程度は対応してたのに」


「はい、これだけの状況で軍を崩さずに堪えるのはかなりの有能な将軍に率いられていたのでしょうが……まるで人が変わったかのように鈍くなりました。これではあと三十分もすれば完全に崩れるでしょう」


「ふん、どんな状況か大体想像付くな。クックっ…笑いが止まらんよ」


「不覚にも俺も失笑を禁じえませんな。こんな、王国軍にすら勝てなかった自分に」


「個では軍には勝てない。最強の個は最弱の軍に敗れるものだ。さて、そろそろ行くか。最強の個の正しい使い方を見せてやろう」










「……まったく。教えるのが絶望的に下手だなぁ。軍が負け始めたじゃないか」


「……申し訳ありません」


 ただの一度も教えた事を守ってはいない。思い付きと、よくわからない知識を振りかざし兵に指示を出す。それは、あまりに稚拙で理解ができないものばかり。


 そして、勇者が遅れて劣勢を自覚すると全ての責任を擦りつけて将軍をなじる。こうしている間にも兵は死んでいっているというのに、クドクドと長く話をする。


 内容は自己弁護と、いかにこの世界が遅れているか、いかに自分が有能かというくだらないもの。そしてついに、将軍は耐えられなくなり話を遮る。


「すみませぬ。すぐさま、軍を立て直すため暫くお待ちを!」


「……は?なんで、お前無能のクセに俺に意見してんの?それに、この状況が俺のせいみたいな言い方はなに?君が無能だからこうなったんでしょ?」


 顔色を変えて、将軍に詰め寄る勇者についにガマンの限界がきた将軍は勇者を突き飛ばし、怒鳴る。


「ふざけるな小僧ッ!貴様に付き合っている時間は無い!失せろッ‼︎このッ……ッ⁇」


「……は?お前が悪いのに何逆ギレしてんの?意味わからんよ?無能すぎてもうヤバイから、殺したんだから。王国のためだよ。コイツがいたら王国がよくならないから。みんなもそう思うよな!なぁ!コイツのせいで軍が負けそうなんだよなぁ!」


「……何が…何が勇者だ。何が勇者だ‼︎貴様なガッ⁉︎」


「……え?何?文句あんの?遅れた世界の知恵遅れどもの分際で。俺に?なぁ‼︎」


「付き合いきれません…。私は前線に行きます」


「私も」「俺も」「勇者殿…お恨み申し上げます」


 次々と離れて行く将達。しかし、それに勇者は怒りに打ち震え、何かに焦った様子で剣を抜きさり仲間に襲いかかって行った。


 そして、誰もいなくなった場所で。ただ一人自己弁護を繰り返す。


 そこに響く、笑い声。心底楽しそうに、憎しみが滲み出る声で。


「誰だ‼︎俺を笑うなッ!知恵遅れどもの分際で!」


「何だそれ?ここに鏡はないぞ?」


「………その声」


「なんだ。覚えていたのか。久しぶりです、勇者様…初陣は敗北ですか?実にあなたに相応しい!」


 そう狂ったように笑うゲードにさしもの勇者も半歩後ろに下がらざるおえない。それだけの迫力があった。


 人は憎しみだけでここまで来れる。


「さぁ、死に晒せ。勇者!」


 悪魔、勇者の前に再臨。


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