まるで底無し沼のように
「ゲード殿」
「おや、これはミードル将軍。お久しぶりですね」
「……お久しぶりです。色々とお聞きしたいことがあるのですが。お時間よろしいでしょうか?」
よろしいでしょうかと、一応下手に聞いて来ているが後ろに控えている彼直属の精鋭がこちらに殺気を向けてくる。
「怖いですね…何でしょうか?」
肩を竦ませ、にこやかに話に応じるゲード。
「…貴方のことを調べさせていただきました。元々王国の領地持ちの貴族であったらしいではないですか。どうして教えて下さらなかったのですか?」
「えぇ、元なので今はただの平民です。それに、その先も調べたのでしょう?」
「……王国が召喚した勇者の手により貴族の位を剥奪された。王国の不正と悪行の元凶…」
「そうです。この通り右腕を失いここまで流刑。それがどうかなされたのですか?」
ニコニコと微笑むゲードに何故か少し気圧されながら、本題に入る。
「このこれでもかと盛り込まれた罪状。考えなくてもわかります。身に覚えの無いものばかりだった筈だ。つまり…貴方は王国に対して深い憎悪を抱いていると我々は考えております。でなければ…あんなことはできないですから……」
「……ええ?それが?」
ゲードの口角が下がる。その瞳もどこか危険な光を灯し始め。
「単刀直入に言おう。お前だろう?魔物を何かしらの手段で操っているのは」
「ふむ。それが本当だとして、帝国はどうするつもりなのだ?」
「本当だとすれば…死んで貰う。どうしているかわからないが……それは危険すぎる。人が持っていい技術ではない」
ミードル将軍の後ろの部下が剣を抜く。いつでも襲いかかれるようにこちらを睨みつけている。ゲードの後ろに立っているハザクとノシル、コルクは剣の柄を静かに掴んだ。
「それは帝国の総意ですか?」
「いや、俺の独断だ。ゲード、貴様は…やりすぎだ。お前に言われるがままそのほかの都市も我々が保護したが…どれも地獄。なんだ、アレはッ!死体の山、山、山ッ‼︎アレは!人のすることではない!」
「ほう、では何ですか?」
「——悪魔だ。帝国、王国以前にお前は人間の敵だ。決して触れていけない禁忌に触れてしまったッ!」
「……残念だ。ミードル将軍。貴方はもう少し賢いと思っていましたよ」
「なにッ⁉︎なっ!」
「動かないほうがいい。貴方が死ぬと部下が皆んな死んでしまう。それは望まないでしょう?あんな惨たらしく、死なせたくはないでしょう?クックク…」
剣を抜き殺せと指示を出そうとした瞬間、首に刃物が静かに当てられた。いつのまにかクナイが身体に巻きつき、ミードルをいつでも殺せるように拘束した。背後の近衛兵士が助けに向かおうとしたが、それもゲードの後ろに控えていた騎士三人に瞬く間に斬り伏せられた。
その姿を見て、ミードルはようやく思い出す。帝国にとって最悪の存在である、最強の名を欲しいままにしていた王国第一騎士団の存在を。そして、その団長の名前を。
「は、ハザク・ヒューズ⁉︎貴様!あのハザクだろう!」
「なんだ、昔の話だから誰も知らないと思っていたが…今も有名だな」
「…若き頃の話です」
「何故、貴様ほどの男が!?このような悪魔に付き従う⁉︎」
「……悪魔に魂を売らなければならなかったからです、ミードル」
大剣にこびりついた血を払い落とし、それ以上喋ることは無いとゲードの後ろに戻る。
「ミードル将軍。答え合わせといきましょう。たしかに私は魔物を操っています。しかし帝国としてはそんな危険な私を泳がせておくでしょう。なぜなら、私という人物は王国しか襲わないから。大陸統一を望む帝国としては王国の都市を次々と落としていく私は必要な存在でしょう」
だから、貴方は独断で私を襲ったのでしょう?とゲードは跪くミードルに尋ねる。
「……そうだ。貴様の存在を帝国の腐れ貴族どもは認めるだろう」
「私もまさか独断で動くものだとは思ってませんでしたよ。帝国とお互い良い協力関係が築けると思っていました。しかし、こうなってしまっては仕方がない」
「なんだ。俺を殺すのか?」
「いえ、それでは帝国の協力を得られない。魔物では統治はできませんから。それに、先ほども言いましたが…貴方が死んだらここにいる帝国兵が貴方が見た死体と同じになりますよ?」
なので、と小さく詠唱しながらミードルに近づくゲード。
「私の奴隷として王国が滅びるまで…私の駒として働いてください。…今思えば…初めからこうすれば良かったですね」
「……この……悪魔が…ッ!」
「ええ、それが?」
口角が上がる。三日月のように。
これより帝国軍は、事実上ゲードが支配することになる。少しずつ本格的に戦争する力が揃っていく、ゲードを中心に。
街は、暗く、いまだに片付かない人間の死体からウジが湧き、大量の虫が発生する。自分の親であっても、大切な人であってもまるでゴミのように燃やし、外に捨てる。
それでも足りないくらいの死体の山があるから。
「初めてじゃ…魔物と山賊がいっぺんに攻めてくるなど…ありえないことだ…」
「そんな事態だってのにこの国はこちらに兵士を一人も送ってきやしない」
「こんな辺境からもたんまりと税金を絞っておいて…こういう時は無視かよ…結局助けてくれたのは帝国で…救援要請をしたゲード様のおかげじゃねぇか」
いま、街を覆っている噂。渦巻く不満といってもいい。それは王国への決定的なまでの強い不信と、救世主ゲードという存在。
そんな論調が街を支配している。勿論、クナイをはじめとした工作の結果だが。
より円滑な統治のためにと流し始めた噂だが、その効果ゲードの予想をはるかに超えたものになる。
「ゲード様は隻腕の聖人」
「ゲード様は神の使い」
「ゲード様は神そのものと」
全てを失い縋るものを欲していた街の者達にとってゲードの存在は神と等しくなっていく。一部の熱狂的な信者も生まれ、それは比較的に冷静に物事を見ていた者達と対立していった。
「怪しすぎるだろ。アイツが魔物を操っている張本人」
などと言った日にはゲードの信者に殺され、クナイに殺された。
表面的にはゲードを神聖視する存在が少数だが苛烈であったため、統治は楽になる。
しかし、これらの静かな勢力。ゲードを疑い、憎む勢力はたしかに存在していた。これらが、のちになって大きな脅威になるなどまだわからない。
これは王国との滅びのチキンレースである。
暗闇のなかそれでも動く大軍があった。王国の軍旗を掲げ松明を揺らし進む。
その数、約二万。王都が緊急に派遣した軍である。かなり急いで編成したために色々と不備があるがそれでも軍としての体裁は整えていた。
それを率いるのは、なんと勇者本人。なんの気まぐれか、将軍をに面倒ごとを全て押し付けながらも軍の最高責任者としてその場にいたのだった。
その理由はゲードによって収まった不満がまた溜まってきたから。だから、敵を明確にして不満の矛先をほかのところに向けようとする為だけの出陣、
ノエルが知ったら、すぐに退却しろと言いたくなったかもしれない。
「……兵糧が無い?」
「ハッ!このままでは決戦の前に尽きてしまいます!」
「なら、通る街や村から徴収したら良いだろ?そのような些事を一々報告するなよほんっと、無能だなぁ」
「し、しかし、どの街も村も疲弊して」
「ハァ?何を言っている。王国軍が負けたらそれどころじゃないだろ。戦に勝つためには犠牲はつきものでしょ?全く未開の異世界はこれだから…」
「……」
「話は終わり。あんまり喋っても高次元な話って君たちは理解出来ないだろうし。早く進ませて、帝国ってのを追い返して勇者の活躍を皆んなに知ってもらわないと。そろそろ、勇者が活躍してるところ見せないとね。辛いね、選ばれた者の義務ってやつは」
兵士は一礼し、静かにその場から離れる。凄まじい怒りにその身を焦がしながら。勇者…?あれが?ただの勘違いした若僧にしか見えない。
「あんなのに…この国の命運を任せるのか…畜しッ⁉︎」
兵士が抱いた最後の感情は王国への憂慮と怒り。血を舐める狼の魔物は頭を撫でるゲードの存在に気持ちよさそうに目を細めた。
「もうすぐクナイが戻ってくるな……」
全てが遅い。最早致命的なところまで罠にはまり、まだ気が付かずにズブズブとさらにハマっていく。それはまるで底無し沼のように。
「馬鹿はやりやすいな本当に。…ここで殺してやるよ…四肢を斬って、股から割いて、生きたまま魔物に食わせるか…考えるだけで…笑いが——止まらねぇや」
狂気が、さらに加速し出す。




