悪魔の残り香
「マザランが帝国に占拠された?へぇ〜ねぇカルネ。マザランってどこ?」
「えぇっと、私もあまり詳しくはありませんが…確か、帝国との国境近くにある城塞都市でしたね」
「ふ〜ん。わかった。じゃあ、あとでね」
つい先ほどまで行為に及んでいた最中だったのか、薄着の二人。それらを見ないように上を向く兵士は、この言葉にハッ?と間抜けな声を出してしまう。
「あ、あの。すみません。我々はどうすれば良いのでしょうか?」
「はぁ?知らないよ。勝手にやって、そうだ。ノエルが反乱勢力の討伐からそろそろ返ってくるでしょ?彼女に聞きなよ」
そう言って扉が閉められる。王の指示で全ての権限は勇者が持つと宣言してる為に王のもとに行っても意味はない。例え行っても勇者に言えとそれしか言わない。
つまり勇者が決めなければこの王国は何も動きはしないのだ。
「待たせたね!さぁ、続きだよ!」
漏れる勇者の声。それに兵士は強く拳を握った。
「状況がわかっているのか…ッ!」
王国は西の強国、対して国境を接する帝国は東の強国だ。その国に大事な拠点を奪われた。その事実の重要さが勇者にはわかっているようには見えない。
「グッ …すぐに動かなければいけないというのに!すぐノエル様に早馬を出せ!指示を仰ぐのだ!」
現在王国では東のマザランだけではない。西にも北、南にも反乱勢力を多数持ちそれの討伐にノエルは奔走していた。
そこで戦の才能を開花させたノエルは王国軍にとって唯一の救いのような存在である。今や、軍は勇者から心が離れようとしていのであった。
「ようこそ、帝国軍の皆様。初めましてこの城塞都市マザランの代表のゲードと申します。以後よろしくお願いしますね」
「……帝国軍第四軍を率いるミードル将軍だ。これより、この都市はゲードの救援要請を受理し我々帝国の保護下に入る」
「ありがとうございます。いやぁ、これで一安心です。帝国のお力があれば王国軍など怖くはありませんからね」
握手する帝国の将軍であるミードルとゲード。にこやかなゲードの表情に、凄まじい違和感とわずかな嫌悪感を覚える。
「よく…笑えるな。これほど酷い有様な都市にいるのに」
「えぇ。過ぎてしまったことはどうしようもありませんから。不運にも魔物の大群に襲われてしまったのです、武力のない我々にはどうしょうもありません」
「……そうだな。そなたらは、何度救援要請しても助けてくれない王国を見限り敵国の帝国を頼った。我々とて、ここまでやられて本国が助けてくれなければ王国にだって助けを求めるであろう。帝国もその覚悟を誠心誠意受け止めるつもりだ。もはや、ここの民は帝国の民だ安心して欲しい」
「おっと、それ以上の詳しい話はこの男としてください。私は名ばかりの代表なのでね」
「……お初にお目にかかります。ノムルスと申します。この都市の元領主として役立つことは多いでしょう」
マザランの領主。ノムルスの名は知っている。帝国でも評価の高い辺境軍の指揮官兼、鉄壁の都市の領主。何故、この男が代表ではないのか。そして、ゲードという男は何者なのか。謎は解消されないまま話が始まる。
「あ、そうそう。ミードル将軍。ひとつだけ、お伝えしたいことが…」
その場から去ろうとするゲードは、こちらを振り向きもせずに。
「これから魔物が王国の都市を襲うことが多くなりそうです。そのつもりでいてください」
それだけ言って、大男と二人の男と一人の褐色の少女を引き連れてその場から消えていった。
疑問は尽きない。何故そんなことがわかるのか。また、どこかであの大男を見たことあるような違和感も感じ、胸に残ることとなる。
「さぁ、次だ!潰せ、殺せ!王国が崩れるまでなッ!アハハハハハハハハハハッ!」
マザランが魔物に襲われた僅か一週間後、隣の都市も標的になる。それは深夜のこと。
「ヒャッハァァァァッ!」
「グガァァァアァッ!」
グルグズ率いる山賊と、さらにその数を増やした魔物達。それらによってあらかじめクナイの手によって扉を全て開けられていてその全ての門から彼らが雪崩れ込む。
一時間が経つ頃には街は陥落寸前まで追い詰められる。この都市はマザランとは違い駐留する辺境軍は少ないのだ。
「…………」
「何か思うところがありそうだな、ハザク」
「いえ…ただ、前の私達の覚悟が足りなかったなと」
「覚悟?」
「ええ、非戦闘員は殺さないと決めていた…今考えれば甘い考えです。本気で国を壊すことを考えていなかった。正直、今もここまでする必要はないのではと思っています。ですが…ここまでしなければ届かないのでしょう。この刃が…あの俺たちを嵌めた奴の首に」
「お前らもか?」
椅子に座り、首をもたげ後ろ見るゲードにハザクの後ろに控えているコルクとノシルも頷く。
「おじさん歳だからさ。もうやる事それしか残ってないのよ」
「私も家族と愛する妻を失いました。その時から鬼になると誓っています」
「ふ〜ん。難儀なものだな裏切られた騎士団ってのは。そのために流れ着いた先がこんなんだものな。悪魔に魂を売らせるまで追い詰める王国は業が深いねぇ」
「それを、ゲード殿が言われますか」
「それもそうか。俺も魂を悪魔に売った一人。王国とのどちらが先に滅びるかのチキンレースだ。頭がおかしくなければやってられない」
そして、日が登る前に次の都市も陥落。その報告が王都に届く頃にはもはや三つ目の都市が完全に陥落していたのであった。
「……何ですかこれは?」
最西端の海沿いの領地。端にあるためか独立独歩の気風が強く、もっとも激しく反抗していた勢力だ。
もはや、それも収束し完全に平定し終わっていたが。
「報告書です。帝国が東の都市を次々と落としています」
「ふざけないでください。それだけなわけがないでしょう?それで、どうなったのです?もう軍は派遣しているのでしょう?なにせもう一月も立っているのですから」
「いえ、まだ軍は派遣していないどころか、編成すら行っていません」
ハラリと、報告書を落とすノエル。プルプルと震える彼女に報告に来た兵士は怯える。
「…勇者殿は?」
絞り出すように出された言葉は、殺気すら込められていて。
「…全てノエル殿に一任すると…」
「ッ!…ふぅ…行けませんね。少し感情的になりました」
王国の領地は広大だ。その最西端にノエルはいるのだ。いま問題が起きているのは最東端。情報の伝達が遅くなるのは当然である。そしてそれは、一刻を争う軍事的な報告において致命的だ。
「私が全権を担うのですね。わかりました。すぐに王都に向かいたいところですが…まだ討伐すべき家が残っています。なので王都に残っている将軍にすぐさま軍を編成させ向かわせてください。王都の方が情報が揃っているはずですのでどのくらいの数と編成で向かうのかはその将軍に任せてください。これは全権を持ったノエルの命令です。一刻も早く王都にこのことを伝えてください」
「ハッ!」
ノエルの指示に生き生きと走り出す兵士。
数々の戦で無敗を誇り、その圧倒的で隙のない指揮は王国軍でも最強と呼ばれ始めた。
王国の軍神。
最近、ノエルはそう呼ばれ始める。軍の象徴、最強のカリスマとして。
「……早く終わらせて…ゲードを探し…この手で殺さないといけないのに…」
ポツリと、そう呟き陣幕の中に戻っていったのであった。




