道化許可証
街は燃えていた。それは毎日備えていた帝国の数万の軍のせいでは無い。魔物と賊のせいで、精強な辺境軍は壊滅。城塞都市マザランで暮らす住民の命が紙屑のように一緒に燃えて消えていく。たった一夜にして、鉄壁の都市は陥落したのだ。
そして、この魔物と賊の手はまだ統制のある軍とは違い理性のない化け物と同じ。ここに住む人間を殺し尽くすまで止まりはしないだろう。完全に城塞都市は灰燼に帰す。
その、はずであった。
「ガァッ‼︎下がれッ!少しでもあの魔物どもから離れるのだ!」
「ヒッ、ヒィィ‼︎」
「精強でならした辺境軍がそのような声を出すなッ!」
「まぁ、気持ちはわかるけどねぇ…ほっと!」
「コルク殿!そのような事を言わないでください!」
「ノシルはこういう時も真面目だねぇ」
貧民街に攻めてきた辺境軍の攻撃に耐えていた三人の元第一騎士団。死闘を繰り広げていた両者は城塞都市マザランの城門から火の手が上がったことに驚き一旦争いの手を止めた。
何が起きたと、怪訝そうな両者は次にすぐに聞こえ始める悲鳴に血の気を引かせた。明らかに異質な悲鳴と、聞こえるはずがない魔物達の咆哮。ビリビリと地を揺らすそれは明らかな異常の証明。
それからだ。それから一時間もかからずして魔物供は凄まじい勢いで都市を制圧、いや蹂躙していった。築かれるのは、死体の山のみ。人が人を殺すのとはまるで違う殺し方。
人類の敵。そう言うに相応しい相手。それが魔物という存在。
それから同じ人間として協力し出すまでになるのに時間はかからなかった。
「貴様ら!この街の民を守りたいのであればその命捨てろ!これより先に1匹たりとも進ませるな!」
「「「オオオッ‼︎」」」
「……流石だねぇ。つい先ほどまで殺しあっていたはずなのにもう辺境軍の中心的人物になってるヨ」
「無駄話してないで働いてください!コルク殿!」
「んもぉ、ほんとにお堅いんだから。おじさんもう若くないのよノシル?疲れちゃうよ、死んじゃうよ?」
「……それだけ喋れれば問題はあるまい。コルク」
「……あ、はい。おじさん本気出しまーす!」
いつの間にか近くにいたハザクの静かな怒気に当てられ魔物の中に進むコルク。流石、歴戦の騎士。実力的には一番ハザクに近い男である。
互いに協力し出してから少し、周りの逃げてきた住民を助けていく辺境軍と騎士団の三人。
しかし、少しずつ綻びが出始める。尽きることがない魔物の群れ。まるで、森の魔物全てが都市に攻めてきたような数に対魔物用の訓練を受けていない辺境軍は着実にその数を減らしていく。
これではジリ貧。そう遠くないうちにこの均衡は崩れ去ると悟りだし、そしてそれが現実的に見えるようになった頃。
「……はっ?」
魔物の動きが止まった。まるで時間が止まったかのようにその身体は動かない。しかし、その息ずかいは聞こえる。人間を睨むその目は変わらない。だがあれだけ、街に響き渡っていたその音の一切はその瞬間からなくなり建物が燃える音がよく聞こえる静寂に包まれた。
戸惑いが広がるなか、声が聞こえた。男の声だ。
紫色の短髪が目立つ、目付きの悪い青年。彼は二人の人間を後ろに連れていた。一人は見たことのない褐色の少女。そして、もう一人はこの都市の領主であるノムルスその人。笑顔の少女と渋面のノムルスがなんとも綺麗な対比である。
「やぁ、はじめまして。私の名はゲード。王国を壊すものです。実は一人、気になっていたものがおりましてね。勧誘に参りました。ハザク・ヒューズ殿。是非私の下について欲しい」
「……ゲード。聞いたことがあるぞ。召喚された勇者とやらに全てを奪われた者だろう?」
「これは話しが早いですね!そうです私は王国を壊すつもりです!それは貴方の復讐と目的が合致しているはず、元王国騎士団長のハザク殿!私は貴方が望む結末を用意することを約束できます」
「何が…欲しい?」
「ハザク団長⁉︎こんな急に出てきたやつを信用するんですか!?」
「そ、それよりノムルス様!何故貴方がその様な者と一緒にいらっしゃるのですか⁉︎」
「そうです!説明を求めます!」
辺境軍の兵士の声に、顔をさらに顰めるノムルス。しかし、その口が開かれることはない。
「クッ、クククッ!良い、発言を許可しますよノムルス」
「………悪いな。貴様らには死んで貰う。これは、ゲードの決定事項だ。私が言えるのはこれまでだ。今の私は自由に死ぬ事も許されていない、奴隷だ」
再度口をつぐむノムルス。辺境軍の兵士は何を言われたのか理解ができていないのか、ポカンと口を開けている。
「さて、私が話をしてもいいですね?ハザク殿、私が欲しいのは貴方の力。それと、裏切らない証明」
「つまりは…奴隷刻印か」
「本当に話が早い」
嬉しそうなゲード。その姿をよく観察する。その目は狂気に染まってはいるが理性は失ってはいない。ただの狂人でもない、それに。
「ふざけるな!貴様!急に出てき…ッ⁉︎」
状況が理解できない怒りをゲードにぶつけようとした兵士が動かないはずの魔物に顔面をグシャリと潰され、再燃しかけた兵士たちの声を潰した。
魔物を従えているのは、ゲードの可能性は高い。しかし、ありえるのか?そんな事は。
だが、本当にそうだとすれば。本当にその力は王国を破るに足る力になるかもしれない。
「静かにして欲しいですねぇ…で、どうされますか?」
目を瞑り、思い出す。あの時の記憶を。家族を殺され、妻を辱めるだけ辱めて殺した、騎士団を追放された屈辱を、恥辱を、尽きる事がないグツグツと湧き上がるマグマのような灼熱の怒りを。
その時誓ったはずだ。
例え、悪魔に魂を売ったとしても。
「刻め」
胸の服をちぎり、そこの肌を晒す。
「素晴らしい復讐心だ‼︎魔物を従える異端の悪魔にすぐさまその魂を売り渡すとは!」
「……ハザク団長……。わかりました、我々もお供します」
「…我々って…まぁおじさんも付いて行くんだけどねぇ。あぁ〜嫌な予感しかしないよ〜」
三人がハザク同様に頭を垂れ、ゲードに従う態度を示す。
人類の敵を従える人間。それにほぼ即決で付いて行くことを決めるなど、彼らもかなり頭のネジが飛んでいる。それほどまでに王国に凄まじい怨念があるのだろう。
三人の前まで歩いていき、三人同時に奴隷刻印を刻む。それを見てノムルスがまた目を見張るが、すぐに目を伏せることになった。
「では、目的は達した。これより、辺境軍の殲滅に移る。ハザク、俺に見せてみるがいい。その力を」
「……」
「ま、まて!さっきまで一緒に戦っていただろう⁉︎我々を殺すのか⁉︎」
「ノムルス様ッ!何故何も仰らないのですか!」
「我々をお救いください!」
「ノムルス様ッ!あ…あぁぁ!アアガァア!」
動きがなかった魔物もゲードの合図を境にまた動き出し、辺境軍に襲い掛かり始めた。これより先、一時間後辺境軍は全滅。文字通り、一人として生き残るものはなく殺され尽くした。
そうして最悪の1日は終わりを告げる。死者の数はもは生者の数より多い。それだけの人がたった1日で消え去ったのであった。
「お前は…狂っている。何故こんなことができる。無辜の民を…何故こうも簡単に殺すことが…」
「発言を許した瞬間に出る言葉はそれかノムルス」
「当然だろうッ!ゲード!」
街が灰燼に帰した次の日朝。今だに火が各地で燃えているマザランを二人で見る。奴隷刻印が刻まれた時点で逆らうことなど不可能。指一本動かすのもゲードの許可が必要。それほどまでに刻印の力は強力。
「理由か。ふむ、考えた事もなかったな。しいて言えば…魔物どもの試験運用。その強力さを見たかった」
「貴様…貴様ァッ‼︎ふざけるな!ふざけるなよ!そんな理由でこれだけの虐殺を成したのか⁉︎」
「そんな理由?何を言う大事なことだぞ?これからの魔物運用において重要な参考になる」
ゲードの言葉に絶句するノムルス。そしてどこか諦めたように。
「ゲード。貴様も元領主の筈だ。その治世、悪いものでは無かったと一部の者の中では評判であった。わからない筈がないだろう…貴様が」
その言葉に、ゾッとするほど低い声色で静かに呟いた。
「そうだ。俺はそんな者達に——裏切られた」
「………」
この瞬間、ノムルスはようやく理解した。自分の本当の役割を。
ゲードは——全てを憎んでいる。
多分ゲードにとってあの虐殺も物足りないものなのかもしれない。それほどの大きな憎悪。それは多分、自分を自分で止められないほど大きいものなのかもしれない。
何故自分に奴隷刻印が刻まれたのか。ずっと考えていた。この男が本当に欲望のままに行動するのであればノムルスは必要ない。
「……ゲード、お前は」
「そんなに大事ならノムルス、貴様が守れ。でなければ俺が残った民、全員殺すぞ?」
ゲードはもはや人を、民を愛すことはできない。そこまで堕ちてしまったのだ。しかし、ほんの少し残っていたのだろう。元領主としての…理性が。
それが、ノムルスという奴隷。
生き残った民をどうするか、それを任せる人間が欲しかった。
ほんの少し残ったゲードの良心が、敵意を剥き出しにするノムルスを奴隷にする。
「……これ以上、貴様に殺させはしないぞ。ゲード」
唯一ゲードの許しを得て、ゲードと敵対できる。そんな滑稽だが絶対に必要な存在だと、ノムルスはそう理解したのであった。




