ハッピバースデーモン
はい、新作です。作者の他の作品もご興味があれば是非。更新が滞っていたら感想で続き書けアホってカキカキしてください。
「汝、罪人ゲードよ。勇者である、ユウタ・ツカモトの命令に従わず、領地では姦淫に耽り贅を尽くした生活を送った為に領政を蔑ろにし、王国民を苦しめた罪。それだけで、万死に値するというのに違法組織とも繋がりがあったという事実もある。この王国始まって以来の大罪人。違いないな?」
王国最高裁判所。そこは、最高権力者である王の前で行われる文字通り最後の判決の場。王座に座るラオン王が、罪人であり縛られ拘束されている男に問う。
縛り付けられて身動きがとれない罪人と呼ばれた男の姿は酷いものであった。汚く、悪臭を放つ布切れを着せられ身体中に火傷や打撲痕が見える。それでも反抗の意思は折れてはおらず、紫色の短髪に目付きの悪い三白眼が目立つゲードは吠えた。
「違うッ!何一つ身におグッ!」
「誰がアナタに発言を許可しましたか?」
その全てを言い終わる前に近くに控えていた少女がゲードの顔を蹴りあげた。その一撃は何よりその男の心を削るようで、反抗的な表情が悲しみで塗られる。
「ノエルッ!貴様!誰をッッグァッ!」
「オケオケ!もういいよー!うっわ、グッロッ、顔パンパンじゃんウケるっ」
乾いた打撃音が、水気を多く含んだ音に変わる辺りでノエルと呼ばれた18歳位の可愛らしい容姿の長い金髪の少女は青年、ユウタ・ツカモトの命令で手を止めた。血の着いた手を穢らわしそうに拭いながら、罪人ゲードから離れる。
「いやねぇ、ゲードくんだっけ?もう証拠はあがってんの?分かる?動かぬ証拠ってやつよ。酷いやつだよなぁー、王国が逼迫してるってのに一人だけ贅沢するなんて!王国民の人達、全員お前の悪口言ってるぜ?ほら、俺勇者だからさ。王国を建て直さなくちゃいけんの。だからさ、お前みたいな悪者は捕まえて行かないとっ」
半笑い、いやそれでも笑いを堪えているつもりのユウタ。その仕草一つ一つに苛立ちを覚えるが、ゲードにとって何より聞きたいのはただ一つ。
「…ッ…ノエル…に…何を…したッ!」
「えーー…話聞いてたァ?お前は今こうして生きているだけで、僕の温情があるんだよ?泣いて感謝しろよ。ねぇー!王様!」
拘束されたゲードは腫れてよく見えない目でもしっかりとユウタを睨みつける。
「その通りだ。即刻首を跳ねてもいいのを生かして貰えているのだ。本当ならこの王であるラオンみずから首を切り落としてやりたいのだが…」
「それはだめっすよ!王様!命大事!地球より重いらしいから!」
「王よ!王はどうされたのだ!何故!そのような男にそのような不敬な発言を許している!」
ゲードの知っている王はこんな御方では無かった。賢明で客観的に物事を判断する賢王であったはず。けっして、こんな男をこんな態度で側に置いたりはしない。
「ふっふっふ!ゲードつったけ?この世界のお前に説明してもぉ…分からないだろーけど!けど!説明してあげる!俺はチートを持ってるんだ!チート!その能力は………教えなぁーい!」
「ふざけるな!ちーと!?なんだそれは!それで王を!……ノエルをッ!」
「おいおい、悪名高いゲードくんよ。確かに俺はチートを持っているけどそこの女がそれで裏切ったって限らないだろ?最初からお前を嫌っていたんだよ。そんな気がする!」
「………そんなわけが…あるか!今すぐ戻せ外道め!」
「外道…ねぇ?口の聞き方には気をつけろよ?自分が今どんな状況かわかってる?わかってないよね?いや、無いね。仕方が無い、ノエル!教えてやれよ!」
ユウタがノエルに指示を出す。が、何故かすぐには反応しない。
「あれ?聞こえなかった?ノエル!ほら!仕事!」
反応の鈍いノエルに対して煽るように手を叩き、動くように急かす。
「…っすみ…ません。すぐに」
頭を少し抑え、ふらつくノエルが真っ直ぐゲードの元へ歩いていき、叫び続けるゲードの顔を蹴り上げる。そこにはもう躊躇は無い。
人間を昨日今日でここまで豹変させることなどゲードの知識の中には無い。だと言うのにノエルは忠誠を誓っていたはずのゲードに暴力を振るう。それは…つまり…。
「ガッッ!ノエ…グフッ!お前!だけは!裏切ら、ないっ!ッガァ!」
本心ではノエルはゲードに対して負の感情が大きくあったと言うこと。あのような勇者の甘言に簡単に転がっていく位には。
その事実はゲードにとって何より痛く、苦しいものであった。
「うるさいです……黙って下さい。貴方の声は……不愉快だから…」
痛い、痛い痛い痛い心が痛い。顔が腫れて、骨が折れている。筋繊維がブチブチときれて意識が飛びそうで身体も痛い。全部痛い、痛いなんてもんじゃ無い。
はずなのに…何故…殴っている方のノエルが遥かに苦しそうで、泣き出しそうな表情なのか。
「アァ…」
…関係ないか。ノエルは裏切ったのだ。心に反心を持ちそれを叶えたのだ。ならば、もはやノエルは敵だ。数年連れ添ったゲードの1番の腹心はもういない。
殴られているゲードを指を指して笑うユウタ。そんなユウタの表情をチラチラと見てご機嫌をうかがっているいる威厳の欠片もないラオン王。そして、勇者を囲い薄笑いを浮かべてこちらをみる貴族達。
「……グッ…」
王国病理の元凶達。民を顧みず、金を己のために湯水のように使う王国の貴族の顔を。
勇者に毒され愚王に堕ちた、我が元主君の情けない顔を。
感情を押し殺し、己を殴り続けているノエルの顔を。
そして…全ての元凶。笑い、嗤う、ユウタ・ツカモトの顔を。
ヒトリ、覚えた。ヒトリ…ヒトリ…ヒトリ…。
殴られ続けて遠のく意識の中、自分を見る全員の顔を見て頭に刻みつける。この理不尽を己に課した者達。自分の事しか考えない王国を滅亡に導く元凶達。
そいつらの顔を、全員。―――覚えた。
「ゲード様。今日の予定は」
すらすらと今日の予定を話していくノエルの声を、聞きながら食事をとりすぐに着替える。
「わかっている。今日は王都に行く日だろう?勇者が数百年ぶりに召喚されたと聞いている。面倒だが顔だけだして、すぐに領地にトンボ帰りだ。やるべき仕事が山積みだからな」
「はい。もう帰りの馬車を手配しています」
「ふん、仕事が速いな」
「ゲード様のおかげです。では、行きましょう。時間は残念ながらありません」
いつもの朝の慌ただしい一幕。毎度ながら、よくもまあ小汚い奴隷がここまで優秀な人材に成長したものだと感心する。
馬車に乗り込み、書類に目を通す。隣に密着するように座るノエルは読み終わるタイミングを見計らって紙をゲードの手に添える。
「ふむ…」
熟年夫婦のような連携を当たり前のようにこなすゲードとノエル。時間はゆっくりと過ぎていき、静かに揺れる馬車に木漏れ日が馬車を優しく照らす。平和で、幸せな時間。
「ふう…これで終わりか」
「はい。お疲れ様でした。もうしばらく時間があるので少し眠られては?」
「……うむ…そうする」
「では……どうぞ」
ノエルが膝をパタパタとはたき、汚れを払った所で自身の膝の上にゲードを誘う。
「……今日は…いい天気だな。すこし…俺の気分もいい。だから…一度しかいわないぞ」
「はい、なんですか」
眠ろうとするゲードの頭を優しく撫でながら、相槌を打つ。
「お前を買って良かった。この8年、よくここまで成長してくれた。想像以上の働きである。お前は奴隷では無い。この俺、ゲードが一番信頼している腹心である。これかも気張れよ」
あわわっと動揺して少しのあいだ何も言えないノエル。それを訝しむようにゲードが顔を除くが。手で赤くなった顔を隠す。
「…す、すみません!えと、私如きには勿体ないお言葉です!ですが、私の全てを貴方に捧げるのは当たり前のことですから!感謝など…本当に勿体ないですよ?」
少女、ノエルの全てはゲードで出来ていた。剣も魔法も、文字も学術も喜びも悲しみも、そして愛も。全てはゲードから貰った者だ。
それは、当たり前すぎるくらいに当たり前の事で。それだからこそ、ゲードの零した本音に酷く心踊らされた。そんなものがなくても充分幸せだというのに。
多分、今日この日を忘れはしないだろう。それくらい滅多に無いことだろうから。
ゲードは評判があまりよろしくない。それは、ゲードの親が酷い悪政を敷いていてその評判がゲードにも通じているから……というのもあるが、ゲードはかなり強引な方法で親から領主の座を奪い取った事が原因だ。
それに対して親は激怒、他方の貴族達を味方につけて根も葉もない悪評を流されていた。数値上はこの王国で唯一経済を上向かせている男だというのに。
そして、ゲードはあまり他人の目を気にしないタイプの人間であった。この流される悪評に対して、取った行動は無視だ。というより、多忙な日々に気にしている暇が無かったというのが正しいか。
気がついたらゲードは王国に蔓延る病理の元凶のひとりとして、王国民の殆どに嫌われていたのであった。
王国の病理とは。かつて異世界から召喚された勇者が、建国したライオネル王国はもうすぐ五百年の年を迎えようとしていた、長く続いた国であるライオネル王国は、腐敗し役人、貴族達は贅を尽くした生活をして、王国民の税は重くなるばかり。
地方の村では餓死する人も多いと聞く。それほど困窮している状態なのだ。ライオネル王国は。そんな状態じゃないのは、ゲードが統治する領地くらいである。
そんな状況、賢王ですらどうしようもない状況を国難として勇者召喚を決めたのだ。
勇者とは、ライオネル王国が滅亡の危機などの状態、国難とされた時に召喚される異世界の者の事だ。賢王は異世界の知識を取り入れ、国を改革、立て直そうとしたのだろう。
「今日は勇者のお披露目か…。国王とその勇者とやらに、挨拶したらすぐ帰るぞ」
「はい。お待ちしております」
元奴隷のノエルは城には入れない。その為に外で待つことになるのだが…。
「いや、お前も来い」
「い、いえ!私ごときが入るわけには!」
「いいから来い。お前の評判はもう城中に響いている」
「そ、そんな!」
「文句を言う者がいたらこう言い返せ。ゲードの女として入ってるとな」
「なっ…なっ…そんなことが…許されるのでしょうか…」
「俺が許す。お前は俺の側に入ればいい。俺の護衛だろう?」
「そ、そうですね!護衛ですもんね!ハッハハッ!」
顔を真っ赤に染めてパタパタと手で顔を扇ぐノエル。
そして、ゲードが言った評判が良いのは本当だ。ノエルは王国最強と呼ばれる騎士団長に何度か手合わせして勝利しているほど強者である。
出自が不明の天才少女は冒険者としても高名で、ゲードなど霞むほどの大貴族からの誘いを何度も受けていた。それを断り、今だに悪名高いゲードの近くにいる。
誰もが、元々扱いが酷い違法奴隷の少女だとは梅雨ほどにも思うまい。それほどまでの実力者にノエルは成長したのだ。いま、王国で最強の者は誰かと聞かれたら彼女の名を上げる位に。
城に入った瞬間、どうにも雰囲気がおかしい。いくら人の目を気にしないと言っても明らかに自分に向けられる敵意の数に眉を顰めた。
「……お気をつけ下さい…ゲード様。少し様子がおかしいです」
「うむ…」
ゲードは他の貴族から目の敵されている所がある。貴族達には色々と派閥があるがそのどれにも属さず、それぞれに嫌われている為であった。
と言っても王国で善政を敷いている彼が、他の私利私欲の統治が常態化している貴族達と仲良くできるはずがないのだが。
「よう、ゲード。久しぶりだな。聞いたぞ、貴様領民に毛虫の如く嫌われているようじゃないか!」
「そうよ。まだ若い貴方じゃ領主の真似事なんて無理!私達を領地に返しなさい!」
「…これはこれは、父上に母上。息災で何よりです。王都での暮らしにすっかりと慣れた様子。なに、田舎の領地の事は私にお任せて、王都で余生を過ごされますよう」
でっぷりと肥太った両親はどこで買ったのかキラキラとした宝石を身体中につけて半ばヒステリックに叫ぶ。当然領主の座を奪い取ったゲードと親とは確執が大きい。
しかも、質の悪い事に領地を取り戻すためにあらゆる手を使ってゲードの評判を下げる工作をしているのだ。領地運営にも最近影響が出始めているので、ここで会ったのは丁度いい。
「ふさげるな!俺の領地を返せ!このクソ息子が!貴様など産まなければ良かった!親に反逆するなど!許されぬぞ!ヒッ!」
「いい、気にするなノエル」
「……………はい…」
ノエルの殺気が迸り両親を包み込む。それに完全に萎縮した二人を見て少し胸がすいたゲードはノエルを止める。
「…許されぬか……いいことを教えてやろう豚上」
「ぶっ、ぶた!?貴様!親にむかっ」
「貴様だと?ゲード様と呼べ。お前は俺の親だが、現領主は俺だ。官位も俺が引き継いでいる。お前は領主でもなければ、官位ももはや無い。ただ、領地を荒した無能の豚だ」
「なんてこというの!」
「事実だろう?それに…だ。お前らが俺の悪評を広めている事は知っている。……あまり調子に乗るなよ?ある日、仕送りじゃなくて刺客が向かうかもしれないのを知れ」
「なっ、なっ!」
「目障りだ。消えろ。お前らに構っている暇なんぞ無い。ノエル」
「はい」
剣に手をかけて威嚇するノエルの姿を見て顔を青くさせ、走って逃げていく豚二頭。
「これで暫くは大人しいだろう。行くぞノエル。用事を済ませる」
「わかりました」
その場を後にするゲードとノエル。それを後ろから見る男がいた。その男は軽薄そうな薄ら笑いを浮かべ、この世界からすると不思議な格好をしていた。
「あれかノエルちゃん?王国最強があんな少女なのは流石異世界だねぇ。あと枠が1つだし…失敗しないようにしなきゃなぁ」
自称神様に頂いたチート。三人限定だが、絶対服従の洗脳状態にできる能力。この国で一番偉い人と、好みの女。そして、最後は最強の鉾が欲しい。
「王国最強、それが手に入れば後はこの国はオレのもんだな。邪魔なのは…隣のあの男か……ふふっ、いいこと思いついた一石二鳥、俺天才」
鼻歌を歌いながらスキップしてその場を離れる勇者ユウタ・ツカモト。
もはや、ゲードの知る王の姿はなく。ゲードを嵌める罠の網が広くはられていたのだった。
これ、結構展開早いっす。あと最初に書いておきます。基本的に作者バットエンド嫌いです。