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くっつき魔導師ヴィヴィアン・マリーゴールドは、鋼の聖騎士さまに恋してるっ♡  作者: 著:ATTPPK,訳:朝倉 ぷらす
第二章 落ちこぼれの魔女
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1. 落ちこぼれの魔女



 赤子の産声だ。


 (たくま)しく、そして生命の力強さを体現した(さわ)がしさ。

 産まれ落ちたことを、あらん限りの声で主張する。


 それとも。


 もしくは全身を包み込んでいた母親の体温が、急に感じられなくなったことへの不安を表しているのだろうか。


 ともかく、その赤子は文字通り輝いていた(丶丶丶丶丶)

 その輝く(丶丶)赤子を、明滅する(丶丶丶丶)母親が受け取る。


 二人の姿は、(まさ)に対照的だった。

 輝きと明滅、生命の誕生と消滅。


 しかし赤子の母親は、消え()く己の生命(いのち)を理解して、それでも、儚く崩れ落ちそうだと言わんばかりの手つきで、大切そうに(いつく)しむ。


 その表情は喜びに満ち、一切の(くま)屈託(くったく)も見えない。

 新たな生命の誕生を言祝(ことほ)ぐ、一人の母親の姿だった。


 『契約の魔女』、ヴィオレッタ・マリーゴールド。


 それが、この母親の正体である。


 清潔が保存された(丶丶丶丶丶)(いおり)の一室は、普段、魔女のアトリエとして使われていることを(うかが)わせる、怪しげな品々があった。綺麗に分けられ、棚に置かれた草や何かの塊、粉末。使途不明の器具や、種々の写本。

 部屋の中央には、分娩台(ぶんべんだい)代わりなのか、清潔なシーツを敷いた鈍重な机があった。


 その上で、辛うじて消えずに残った自己の存在の、その心血の一滴(ひとしずく)まで子供に(たく)そうと、愛を注ぐ契約の魔女(ヴィオレッタ)


 それを、二人の女性が見守っていた。


 産婆(さんば)代わりに赤子を初めに取り上げた『魔女の魔女』、ナーマ・ククル=カンと、助産役の『妙齢の魔女』、マダム・シルヴィア・ククル=カン東方女公爵(ダッチェス)


 ナーマはヴィオレッタの実の母親であり、そしてシルヴィアは姉だった。


 二人の表情はヴィオレッタの笑顔と()して、(おもむき)が異なっていた。

 ナーマは怒ったような渋面であるし、シルヴィアの能面の、あまりの空虚さには戸惑いさえ覚えるだろう。


 ここは『不知時(ときしらず)の森』に、ナーマが構えた庵の一室。

 床一面に広がる魔術紋と、空間に浮かぶ大小様々な光の玉や輝く紋様が躍り狂う中、『契約の魔女』、ヴィオレッタが最期の魔女魔法(ウィッチクラフト)を行使していた。


 『運命の呪縛』。


 一般に、魔女と敵対してはならない、と習う理由に挙げられる魔女魔法(ウィッチクラフト)だった。魔女が、死の寸前に自身を殺害する相手を呪うために用いる魔女魔法。


 それを、この世で初めて祝福のために行使した。


 『運命の呪縛』は、消え逝く生命の、残りすべてを燃やし尽くして行使する。その際の激情が、呪う相手に運命の悪戯を引き寄せ続ける。

 そういう魔女魔法だった。

 しかし、室内を満たすのは暖かで柔らかな光のみ。


 ヴィオレッタは全身全霊を()って、神話を(つむ)いでいた。


 脳裡(のうり)に浮かぶ慈愛の祝詞(のりと)を、極めて軽やかに口吟(くちずさ)む。


 それは、両腕に抱える我が子に聞かせる、寝物語のようでさえあった。


 いつの間にか、赤子の泣き声も聞こえなくなっていた。

 (すこ)やかで、安心しきった寝顔。

 それを見つめるヴィオレッタの、母親としての眼差し。

 色彩豊かなヘーゼルの瞳は、我が子の安寧を祈る母の慈愛に満ちていた。


 やがて、暖かな光も収束する。

 

「……お母様。」

「なんだい?」


「ありがとう。」


 その言葉の重みにさえ、ナーマは表情を崩さない。


「縁起でもないことを言うものじゃない。300年は音沙汰も無かったバカ娘が、突然帰ってきて何を(わめ)いたかと思えば、魔女らしくもない。」

「ええ、本当にそう。」


 ナーマの言葉に重ねる、シルヴィア。

 虚空に話しかけたかと錯覚するほどの無表情から、溢れるほどの優しさと温かさの篭った声がした。


「シルフお姉様まで、そんなことをおっしゃるの?」

「決まってるわ。ヴィーは昔から王子様に憧れて、ちっとも魔女らしくしなかったもの。」


「そうだったかしら。」


 クスクスと笑う姿は、まるで少女たちが秘密を(ささや)き合っているよう。

 しかし、その姿がまやかしであるとわかっている。

 明滅が弱くなっている。


「……お母様、お姉様。」

「改まって、どうしたんだい?」

「この子を、『ヴィヴィアン・マリーゴールド・ククル=カン・ガルド・ドゥ・ルクスリア』をお願いね。あの人との、唯一の思い出だから。」

「立派な名前を貰っちまって、なあ。」

「ええ、此方(こなた)が立派な淑女(レディ)にしてあげるわ。」

「お姉様、ヴィヴィは皇女(プリンセス)よ?」

「減らず口は嫌い。」


 悪戯っぽいセリフは、ヴィオレッタの無邪気さを表すかのようだ。まるで、少女の口からこぼれた竪琴(ハープ)の音のような軽やかな言葉。

 誰だってその音に、愛らしく華やぐ乙女の笑顔を連想するだろう。しかし、口調の割に、表情は穏やかだった。


「どっちにしたって、その子は魔女としてここで修業をする身だ。情けをかけるつもりはないよ。」

「それでこそ、お母様だわ。ね、シルフ姉様? ヴィヴィに、しかるべき頃合いで、貴族の作法を教えてくれないかしら。」

「此方は干からびた(丶丶丶丶丶)礼節(マナー)しか伝えられないけど、いいの?」

「いいの。300年前くらい前に亡くなっちゃった国の、しかも直系の皇女だから。少しくらい古めかしい方が、しっくりくると――ああ、もう、時間ね。」


 すでに、ヴィオレッタの明滅は(ほの)か。いよいよ存在が希薄になっていると、見て取れる。


「ええ、きっと。どこへ出しても恥ずかしくない皇女にしてあげる。……だから。」

「ゆっくりと、流れに身を任せな(丶丶丶丶丶丶丶丶)。」


 ナーマの、その言葉を最期にヴィオレッタは消滅していく。風に舞う砂に夕陽が反射するように、鈍く輝く粒子となって散っていく。その姿は、まるでお伽話に出てくる勇者の母のようだった。


 (のこ)された赤子は何かを感じ取ったのか、安らかな眠りを破り、大音声(だいおんじょう)で泣いて、母の存在を感じ取ろうとした。

 けれど、赤子を受け取ったのはシルヴィアであり、ヴィオレッタは消え逝くだけだ。

 遺されたのは赤子と、用を終えた魔術紋、そしてヴィオレッタが発動した『災禍の祝福』の残光だけだった。


 『魔女の魔女』ナーマ・ククル=カンは、すべての魔女魔法(ウィッチクラフト)が自動的に記載される書物、『饗宴(きょうえん)の鏡』が薄く発光していることに気づく。

 そして、眉根が(わず)かに動いたか、何かを噛み締めるような面持ちで、手を(かざ)して目当てのページを開いた。

 それに気づいたシルヴィアも、ナーマが開いたページに目を落とした。


「本当に、あの子は。」

「ええ、魔女失格だったわ。皆が言う通り。」


 果たして、そこにはひとつの魔女魔法が追記されていた。


 災禍の福音(丶丶):ヴィオレッタ・マリーゴールド・ククル=カン・ガルド・ドゥ・ルクスリア『祝福の化身(丶丶丶丶丶)』。


 それがヴィヴィにとって唯一、直接渡された形見となった。



   *** ***



「本当にトロいのね。落ちこぼれ。」


 薄汚れた布切れを乱雑に縫い合わせたそれ(丶丶)が、ベチャリと床に投げつけられた。

 『不時知の森』の奥深くに魔女の(いおり)がある。この庵には、真に魔女を目指す見習いたちが、勝手に押しかけて出来上がった学び舎(まなびや)があった。


 そのアトリエでヴィヴィは一人、掃除をさせられていた。


「……。」


 ヴィヴィアン・マリーゴールド、推定4歳(丶丶丶丶)のある日のことだった。

 年上の魔女見習いが触れたくも無い(丶丶丶丶丶丶丶)とばかりに杖を振って操った、汚い布から水滴が飛び散って、ヴィヴィのスカートを汚す。それを見たヴィヴィは、ボンヤリと働かない頭で考え、眉を寄せた。


 『落ちこぼれの魔女(丶丶)』。


 その烙印(レッテル)は、ヴィヴィアンに対するものではなく、その母親であるヴィオレッタに対する評価だった。ひいてはその娘であるヴィヴィへの、嫉妬にも似た悪態の言葉になっていた。

 300年ほど昔に滅んだ帝国、ルクスリアの(その)。その、最後の皇帝に正妃として迎えられながら、帝国の崩壊を防ぐことが出来なかった魔女に対する評価だった。


「口もきけないの? ふんっ。」

「…………。」


 こう言うときは、黙っていればいい。

 いや、黙っているしかない。


 早熟な魔女見習いが、最初に覚えた処世術だった。

 ぼんやりと鈍った頭で、それでもヴィヴィは思う。

 黙っていれば勝手に飽きて、勝手にどこかへ行く。


 ヴィヴィは、見た目だけならば8歳か、9歳か。窮屈な思いを強いられながら、しかし、くじけずに耐えていた。


 魔女の子供は、たいていが早熟で、遅くとも(丶丶丶丶)4歳を迎える頃には魔女としての修行を始める、と言われている。

 現に、この見習い魔女たちのアトリエには、一見すると10歳くらいの子供か、もしくは歳をとった1代目の魔女のどちらかしかいない。


 ヴィヴィなど、2歳になる前から修行を始めていた。


「まあいいわ。私が道具をそろえてくるまでには終わらせていなさいよ?」

「…………わかった。」


 ようやく飽きてくれたことを察して、ヴィヴィも返事をする。こういうとき、最後に返事をすれば相手は何かを勝手に納得して、去っていく。

 傍流の傍流とはいえ、ククル=カンの名を持つ高慢な見習いの行動が理解できなくて、ヴィヴィは去り行く後ろ姿に首を傾げた。


「さっさと終わらせないと。」


 部屋掃除を、できる限り早く終わらせる。それが、何かが身中に渦巻いて気分が優れないヴィヴィに出来る、唯一のことだった。


 ――そのはず、だった。


 ビチャリ、と動き出したヴィヴィの足元で音がした。

 不思議に思って、目を向けるのが普通だろう。ヴィヴィも例に漏れず、キョトンとした顔で下を向く。


 それが、頭に負荷をかけることになる。


「……あ。」


 サラサラとした(あか)にドロドロとした(あか)が混じっている。

 ヴィヴィが気づいたときには遅かった。


 ゆっくりと倒れながら、掃除を終わらせられないことに、あの、高慢な見習いが何と言ってくるか、不安でいっぱいだった。


「……。」


 ヴィヴィは、動けなかった。


「ああ、いけない!」


 いつも通り(丶丶丶丶丶)アトリエに顔を出した見習いの一人が、ヴィヴィの様を見て叫ぶ。

 言葉とは裏腹に、表情には何かの感情が浮かんでいるようには見えない。『不知時の森』に囚われ、『永劫の歯車』となった者の末路。魔女にすらなれない者の残骸。


 そんな、死者と生者の狭間にいるようなモノによって、ヴィヴィは生かされていた。









~to be continued~

見切り発車で更新したので、次回の更新の予定は。。。

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