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くっつき魔導師ヴィヴィアン・マリーゴールドは、鋼の聖騎士さまに恋してるっ♡  作者: 著:ATTPPK,訳:朝倉 ぷらす
第一章 プロローグ
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3. 神代との狭間での戦闘 3



 ヴィヴィはチラ(丶丶)と振り返り、まだ息の上がっているアンドレイ、そして大分回復してきたバルトを見遣(みや)る。


「今しばらく、ここを死守してください。(じき)にウィリアム様がいらっしゃるでしょう。」

「はい。」


 ヴィヴィは、残った魔物の群れの対処であれば、突撃魔導大隊のみで問題無い、と判断した。

 ジルベルトーは、その判断を客観的に捉えようと、状況の整理を続けていた。バルトが言ったように、初めの状態では、ヴィヴィ無しではとても生き残れる状況では無かった。

 しかし、今は出来ると思われている。

 その判断材料を探して、自らが成長していることを客観視したい。


「いらしたら、よしなにお伝えくださらないかしら。」

「委細、承知いたしました。」

「そう。……『いらっしゃいな、キャミィ』。」


 ヴィヴィの詠唱とも思えない掛け声に反応して、胸元で輝いていた宝石から、一体の精霊がするり(丶丶丶)(あらわ)れた。


 キャミィ。と、名付けられた精霊。毛並みは白く輝き、体高だけでも大男を超える、6つ(あし)(けもの)

 シルエットはスラリとしなやかで、気高い(きつね)を連想させる。柔と剛を兼ね備え、気品に満ちた足取りでヴィヴィに近寄り、(うずくま)った。


「キャミィ、あそこ。あの先に、(わたくし)とウィリアム様の逢瀬(おうせ)を、妨げてくださった方々がいらっしゃるようですの。連れていってくださらない?」

「クゥ……ン。」


 当たり前、とばかりにキャミィは返事をする。


「そう! ありがとう。今度、ハチミツたっぷりのスイーツを作りましょうね。」


 当然、作るのはヴィヴィお抱えの菓子職人だ。

 しかし、ハチミツと聞いてキャミィは耳を忙しなく動かし、ヴィヴィを鼻先で小突いて嬉しさを(あらわ)した。


「『それでは、おめかしして向かいましょう』。」


 やはり、とても詠唱とも思えない一節で、今度は白亜に塗られ、金で豪奢(ごうしゃ)に飾り立てられた戦車(チャリオット)を顕現させる。


「おぉ……っ!」


 バルトなどは、何度見てもヴィヴィの(わざ)に感嘆せざるを得ない。神話の一節に、自身が立ち会えることに歓喜している。

 そも、魔法とは、神話を再現するための手段であるとされている。そのために、関係する伝説の一節を詠唱の形に落とし込み、唄い上げる。

 その(ことわり)から逸脱するのが、神話の紡ぎ手である、魔導師である。


 ゆえにヴィヴィは、詠唱らしい詠唱ひとつ無く、魔法を行使できる。

 とはいえ、神話を紡ぐには、馬鹿らしいほどの魔力を無駄にして、世界に言葉を刻み込まなければならない。


 普通は、そんなことをしない。


 そして、ヴィヴィも既存の魔法に関しては、そんなことをしない。

 まず、無詠唱だ。


 ともかく、出現したチャリオットには、長い竿(さお)が突き出しており、その間にキャミィがスルリと収まる。

 すると、独りでにコードやストラップの(たぐい)が竿からキャミィに伸びて、チャリオットとキャミィを繋ぐ。

 ヴィヴィは、フワリと浮いて、チャリオットに乗り込んで、座席に着いた。


 車輪にトゲが付いていることや、車体の横から斧のような半月状の刃が生えている事などに目を(つぶ)れば、天井のない馬車に見えるかも知れない。

 儀典用に用意された、チャリオットだと言われてもおかしくないほど(きら)びやかで、そしてキャミィが神々しくあった。


「キャミィ、行きなさい。」

「キューイ! ケーンケーン!」


 踏み荒らされ、凸凹とした草原だというのに、揺れひとつ無く、滑らかに進む。

 魔物たちは、マタゴニアス兄弟によって開けられた道に踏み入れることもできずにヴィヴィの通過を見守るしかない。


 そして、十分に離れたところで興味を失って、バルトたち突撃魔導大隊に振り向く。


 しかし、威嚇の声を上げながらも歩みは止めたままであった。


「突撃魔導大隊、次に範囲攻撃が可能な者は名乗れ。」


 息切れから復帰したバルトは、冷静に戦況を見定めていた。

 熱に浮されたような魔物の暴走は、突撃魔導大隊の攻撃によって停止し、それが魔物たちの目を覚まさせる事になった、と考えられた。

 眼前に広がる蹂躙(じゅうりん)劇の残骸は、冷静な魔物にとって、警戒心を抱かせるのに十分で、引くか押すか、躊躇(ためら)わせるのに十分だった。


 同時に、バルトもこれ以上の継戦を望んでいなかった。

 弱い魔物が一掃されると、強い魔物が山や森から人里に下りてきてしまう。餌を求めて。

 眼前の魔物の群れでさえ、どうやって争いを起こさせずに帰すか、それも考えなければならないが、ここから戦闘が再開されないようにしなければならない。


(ハイランド卿、早く来ていただけないだろうか。)


 視線を切れば、それが再開の合図となってしまう。

 バルトたち、突撃魔導大隊は後ろを振り返ることもできず、魔物の群れと対峙する。


「サーシェンカ中隊長が、『吹雪(ふぶき)』を準備しています。」

「いつもながら、美しい魔術なのだろうな。」

「ええ、特段に。」


 大声も、魔物を刺激する。

 獰猛なる獣の群れが上げる、重低音の(うな)り声が響く中、極めて冷静な報告がバルトに寄せられた。


 アレクサンドラ中隊長ではなく、サーシェンカ中隊長と、そのように呼んだのは、彼女の恋人であり、部下である青年だった。

 レディー・アレクサンドラ・パルミレーネ・オ=ノーント・ヴィラ・ドゥ・ツァッカンタ突撃魔導大隊中隊長。その父は魔法魔術協会理事の一人であり、魔術師アレクサンドラは名門ツァッカンタ子爵家の名に恥じないが、しかし、極端なまでの自信家であった。

 自身に命令を下すのは実力が上と、確実に思い知らされる相手のみ、と決めていた。

 ゆえに、宮廷魔導士となった2年前、首席で入()しつつも突撃魔導大隊に志願した。


 魔術の発動は一瞬で正確。

 魔法陣は効率的で合理的。

 威力は絶大で広範に及ぶ。

 魔力は潤沢で回復も早い。


 およそ考えられる優秀な魔術師の資質をすべて(よう)していて、しかし、発動を控えていた。


 器用で美しく、無駄を排除してまとめられた魔術には、場を圧倒する威圧が足りていなかった。敵の戦意を削ぐには、難しかった。

 ゆえに、バルトやマタゴニアス兄弟の魔法の発動を待って、戦況の移り変わりの(あいだ)を埋めるべく、魔術の行使の瞬間を(うかが)っていた。


 その、魔力の高ぶりを、魔物の群れも感知していた。


「ホウホウホウ!」

「グルッルルルルルルルルルゥ!」

「ガアッ! ガアッ!」


 正に、一触即発の状況。



「――――っっ!!」



 そこに、割り込む勢力があった。


「『巨壁の行進マーチ・オブ・グレートプレート』!」


 突撃魔導大隊の眼前に、聖句が並んだ。それは、不可視の壁が出現したことを意味した。


 ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……。


 ゆっくりとしていて、しかし、しっかりと確実な歩み。


「いつもいつも、ここぞというときにやってきますな。ハイランド卿。」

「これでも急いで来た方だ。……あの、灼熱の天井には少しばかり難儀したものだぞ、ウォーターゲーツ男爵。」

「それは申し訳ない。これでも貴方がた、王国の盾は避けて燃やしたつもりだったのですが。」

「魔物の燃える熱が、こちらに届いたのでね。各個が防御壁を張らなければならなかった、ということだ。」

「それは計算外でした。申し訳ない。」

「いや、見事な魔法だった。」


 これだけの言葉を交わせる時間をかけて、ウィリアムたち王国の盾は、突撃魔導大隊を追い抜かす。


 王国の盾の背後に脅威無し。


 そのために、息のある魔物を(しらみ)潰しに殺し尽くす必要があった。

 それでも到着まで、ほとんど時間をかけなかったところを見るに、相当な強行軍であったのだろう。


 そして王国の盾は一糸乱れぬ動作で巨壁に取り付き、烈火の如き行進を始める。

 巨壁は、王国の盾の一様に揃った動作で押されていく。それぞれが肩口から体当たりしていくような体勢で、しかし並の人間が走るより速い。


「おお……。」


 バルトが感嘆を上げるのも無理はない。

 王国の盾を支える信念、それは苛烈を極めている。


『最大の防御とは、相手の心を()し折ることである。攻撃こそが、などと(のたま)(やから)には言わせておけば良い。敵がまだ、己の実力を出し切っていないと思っている間は、脅威が去らないのだから。』


 とは、初代王国の盾デューク・アンガス・デミデウス・ボルネリオ・フォン・ナイトピード西方公爵の言葉である。

 敵の攻撃をすべて、涼しい顔で受け切ってこそ王国の盾である、と公言して(はばか)らなかった公爵の訓練は、土石流を一昼夜受け流すこと、わざと起こした雪崩を()き止めることなど、人外の剛力(ごうりき)を望む修業そのものだった。

 そこに、巨壁を駆け足で押し進める訓練もあったという。


 それを、今なお続けているのが王国の盾である。


 この程度の魔物の群れを押し返すなど、彼らに出来ないハズもない。

 巨壁に押された魔物は、退くことのない後続に挟まれていく。見る見る間に、巨壁に押された魔物の塊が出来上がる。そして、それは段々と盛り上がっていく。

 先頭にいた魔物ほど、巨壁に近く、そして層の下の方で押し潰されていく。


 そして、積み上がった魔物の塊が、ついにボロボロと崩れだした。


 響き渡るのは、魔物の困惑する声と、怯えた叫び。所詮は、それほど強くもない魔物が群れて強がっていたに過ぎない。

 魔物たちが対処できないほどの速度で、王国の盾の行進が続き、そしてようやく魔物たちも理解する。

 これに、どう立ち向かえば良いというのか。

 怖じけづいた魔物たちは、(きびす)を返すしかない。迫り来る恐怖から、逃走を選んだのは当然のことであった。



 しかし。



「そんなこと、許すわけないじゃん?」

「ええ、まったく。(しつけ)が足りなかったかしら?」


 響き渡るは雷鳴の轟音。

 踵を返した魔物の群れは、誰がここまで扇動したか思い出して足を止める。

 その視線の先には二つの影。

 背丈は子供と見間違(みまご)うばかりで、容姿は端麗、いや、作り物めいた神秘に満ちた(かんばせ)に、白磁の素肌。

 

 有り体に、球体関節のビスクドールが2体、場違いな雰囲気を(まと)って手を繋いで立っている。


 少年のような声を発したのは、少女のようなフリルたっぷりのドレス姿の方。

 少女のような声で(たしな)めたのは、少年のような短パンのフォーマルに身を包んだ方。


 嗜虐(しぎゃく)被虐(ひぎゃく)の化身。


 日傘を差して欠伸をする姿の可愛らしさや、ステッキを振るってマントを(ひるがえ)す凛々しさが、どうしても荒らされた草原ではチグハグに映る。


 しかし、魔物たちの心を(ひね)り潰すほどの重圧をかけているのも、また、この二人であった。

 神代から存在し、一対で一柱に数えられる神。その中でも好戦的な姿勢や被害の大きさから最悪とも噂される無邪気の神。

 それが嗜虐と被虐の化身であった。


 魔物たちにとって、引くも向かうも死の地獄。

 狂乱に(おちい)るのも時間の問題であった。

 糖蜜に沈められたような息苦しささえ感じる状況。


 不意に、涼しい風が頬を撫でた。


(いたずら)に魔物たちを苦しめないでくださらない?」


 ヴィヴィだった。

 キャミィにチャリオットを()かせたヴィヴィが、場違いなようでも場違いでないよう(丶丶丶丶丶丶丶丶)でもある声音で分け出てきた。

 優美なチャリオットは、そして嗜虐と被虐の化身の眼前で止まり、仕事を終えたキャミィはまた、ヴィヴィの胸で揺れる宝石に戻る。それを合図にしたかのように、チャリオットが展開した(丶丶丶丶)。パタパタと音を立てて階段状の台――ピラミッドを彷彿(ほうふつ)とさせる姿――になっていく。

 その壇上(だんじょう)からヴィヴィはゆっくりと下りてきた。

 下りてきて、べっとり(丶丶丶丶)とした草原の成れの果てに、内心で眉根を寄せる。そういった感情を見せないために、サロンでも舞踏会でも淑女は扇で口元を隠す。

 ヴィヴィも例にもれず、クセで口元に扇を広げていた。


「おーそーいー!」

「いつまで待たせるのかしら?」


 一瞬で、場の空気が弛緩する。

 嗜虐と被虐の化身が、ヴィヴィに注目した。

 負け犬たちが息を殺して草原を脱し、森へと逃げる。


「あら? 待ち合わせなんてしていたかしら?」

「そうだね。」

「そうでしたわ。」






~to be continued~


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