本当はむなしい異世界転生
ふと思いついた一発ネタです。
「クソババァが! なにが『まともに働いて』だ! オレは今小説を書いてるんだぞ!」
口汚くわめく男、後藤ただしは作家を夢見る三三歳の無職だ。
「異世界転生もので一発当てるんだ! オレはそこいらのパクリ作家どもと違う!アイデアだって湯水のように湧いてくるんだ! 今に見てやがれ!」
泣きわめく母親にこっぴどく叱られ、言い返すこともできなかった小心者。
彼はいたたまれなくなり家を飛び出したのだ。
「……そうだよ。パチンコで家の金増やしてやってるのに、なんだよこの仕打ちは! 帰ったらぶっ殺してやる! ……と、その前に一回寄っていくか」
創作活動につかれた頭を、パチンコの騒音で癒すのが後藤の日課だった。
いつも通りの道を歩いていく。
丁字路にさしかかったとき、角から声が聞こえた。
「後藤ただしさんですね?」
「……はぃ、そうですが」
雨でもないのに青色のレインコートを着た、にこやかな表情の男が立っている。
後藤の返事は裏返った。
家族ともまともに話せないのだ。見知らぬ他人とは到底無理な話だ。
先ほどまでの威勢はどこかに消え、今はおびえる小動物のようだった。
「ああ、よかった。おめでとうございます」
「は? なにがぐぇ!」
後藤の喉に、レインコートの男がナイフを突き立てた。
深々と刺さったそれを、男は事務的に抉り出して語る。
しぶきがレインコートにふりかかる。
「あなたは転生者に選ばれました! 異世界で好き勝手に暮らせますよ!」
後藤はすでに絶命していた。
「さ、はじめますか」
その言葉に示し合せるかのように、トラックが二台やってくる。
同じような格好の男たちが下りてきた。
レインコートの男はリーダーらしい。
片方のトラック内で後藤の脳をてきぱきと移し替える。
彼の脳は培養液の中に沈められた。
そして代わりの脳が割られた頭蓋におさまる。
「じゃ、あとはいつも通りで」
後藤の死体を電柱に寄りかからせ、もう一つのトラックで追突させる。
潰れたトマトの様にはならず、角の突き出た粘土細工の姿を連想させた。
「古賀さん。毎回これ意味あるんですか? いくら警察に圧力をかけられるからって、こんなめんどうなことをしなくてもいいのでは?」
古賀と呼ばれた男は慎重にレインコートを脱ぎ、血が付着していないかを調べた。
「ああ、なんでも彼らの様式美ってやつらしいよ。箔付っていうのかな。本当はトラックにひき殺されなきゃいけないみたいなんだけど、脳が崩れちゃうからね。形だけでもやっとこうって」
「はぁ……」
古賀たちは撤収作業に移る。
そして、トラックの運転手役の一人が残る。
「あとお願いね。回収は手筈通りで」
古賀に後を一任された運転手役の男は、仲間が撤収したのを見て、たばこに火をつけた。
丸々一本吸いきった後、パトカーのサイレンが聞こえ始めたので、もう一本のたばこに火をつけた。
※
後藤が目覚めるとそこは剣と魔法の異世界だった。
女神にチートをもらい、幼女を助け、勇者をバカにし、貴族に気に入られた。
「あーちょれー。やっぱりオレには異世界で生きる才能があったんだ!」
「まったくそのとおりよ、タダシ! あなたは最高なの! 好き! 抱いて!」
助けた美少女の一人が後藤をほめそやす。
すると他の美少女も合唱するかのように後藤をほめていく。
見る人間が見ればうらやましく、またはおぞましい光景だった。
※
「これで何件目だよ」
刑事である田中寛治は、近頃頻発しているトラックによる事故死報告を自分のデスクで聞いていた。
定年間際の彼は、すでに一線を退き課内の置物と化していた。
といっても邪険にされているわけではない。
彼の経験と知識をあてにするものも少なくない。
安楽椅子刑事、などとも呼ばれている。
「すごいっすよね。今月だけで二九件でしたっけ?」
こちらは本当にお荷物の新米刑事、新垣が興奮気味に答える。
「多すぎだろ。しかも『捜査の必要なし』ときたもんだ。どう考えても裏がある」
「田中さん、悪いクセっすよ? また無断で調べものするつもりでしょう」
「お前は仕事しろよ。いつまでオレの介護してるつもりだ?」
「あ、いいっすねそれ。ぼくおじいちゃんっこだったんで全然いいっすよ?」
「はぁ……もういい、ついてこい。聞き込みするぞ」
「犯人調べるんじゃないんですか?」
「そっちはお前と違って頼りになるやつに頼んである」
「ひどぅい!」
※
「息子のただしさんについて、お聞かせねがいますか?」
田中と新垣は後藤ただしの実家で聞き込みをしていた。
推論が正しければ、ここに来るまでの十数件の聞き込みと共通項があるはずだと、田中はにらんだ。
そしてさりげなく、部屋の調度品を見回した。
「おはずかしい話ですが……」
そう前置きして後藤の母親は語り出した。
その顔は悲哀というより、肩の荷が下りた晴れやかさがにじんでいた。
「どうおもうよ、新垣」
聞き込みを終えた刑事二人は、駐車場に停めてあった新垣の運転する車に乗り込んだ。
田中は免許を返納しているのだ。
「どうって、息子さん死んじゃってかわいそうっすよね」
運転席でキーを差すわけでもなく、座ったままの新垣が答えた。
「そういうことじゃねぇよ。家具なんかが新品同然だった。ありゃ買い替えてすぐだな」
「生命保険で買ったんじゃないっすか?」
「引きこもりの穀潰しに高額の生命保険か? それこそ計画殺人じゃねぇか」
しかし、田中は新垣の推理が良い線をついていると感じた。
ここにいたるまでの被害者家族、そのすべてが被害者の死を本気で嘆いてはいなかった。
そして大なり小なり羽振りが良くなったと、近隣住民からの証言も得ている。
何かある。そこで携帯が鳴った。
「田中さん。これまずいですわ。きっと政府の陰謀ですよ」
連絡してきた子飼いの情報屋、鈴木は開口一番電話口でそういった。
「どういうことだ」
「どうもこうも、ひき殺したとされる犯人たち、逮捕と収監の記録はあるのに、存在してないんですよ!」
その後の話は妄想が入り混じって聞けたものではなかった。
「田中さん、手を引いた方がよくないっすか? ちょっと手に負えませんよ」
電話を切った後から黙り込んでいた田中に、新垣が声を掛ける。
「そうだな。いったん中止だ。署にもどっ……」
田中は二の句が継げなかった。
彼の座る助手席の外に、男が立っていたのだ。
「田中寛治さんですね?」
※
二人は古賀と名乗った男に連れられ、ある施設へと案内された。
「いやはや、聞き込み調査などとまわりくどいことをされずとも、お呼びだてしてくだされば、いつでも出向きましたのに」
薬品臭い施設の中を、古賀を先頭に奥へと進んでいく。
「どうやって呼び出せって? 出てこい人殺しって叫べばよかったのか?」
「ちょっと田中さん!」
田中の後ろをおっかなびっくりついてくる新垣が小声で叫ぶ。
「結果から見れば、そうでしょうね。しかしそれは見解の相違というものでしょう。我々は彼奴ら生きる意味もない人々に、死ぬだけの意味を与えて差し上げたのですから」
「何を言って――」
「ご覧ください!」
古賀が示した先、そこには真っ白な部屋に無数の円柱が整然と立ち並び、その数だけのモニターが設置されていた。
そのモニターには、各々別の映像が映し出されていたが、皆中世風の格好をしており、区別がつきづらかった。
しかし、見覚えのある顔があった。
「あいつら全部、被害者なのか? あれはなんだ! 説明しろ!」
田中は古賀に食って掛かる。
古賀は意に介した風は無かった。
「端的に申しあげましょう。あれはご家族に売られた哀れなゴミたちの脳を我々が買い取り、実験世界、自分が思い描いた理想のゆりかご。異世界転生の中で幸せにしてあげているのです」
「家族が売ったのは想像がついた。普通は逆だがな。実験世界とはなんだ」
「フルダイブ型VRゲームというものをご存じ……ではないでしょうね。まあ、機械的に幽体離脱をさせてゲーム内で遊べるようにしたものとでも思ってください。この技術が確立されれば、ゲームはおろか日常生活すら急速な転換を迎えるでしょう! 人類の新たなステージです!」
「それが、あれだと?」
「そうです。あれは試験機。よって安全性が保障できない。かといって実験しないわけにもいかない。有志を募ったとて、いざ不具合で死人でもでればそこまで。それでいきついたのが、死んでもいい人間の買い取りでした」
「ばかげてる」
田中がそう吐き捨てる。
「わたしたちもそう思いました。ですがコレが面白くてですね、試しに引きこもりのご子息を抱えた人たちに買い取ると伝えたら、是非にと言うんですよ。年齢が高ければ高いほど交渉はスムーズでした。現代社会の闇ですね。事案が事案だけに、ご家族も口が堅い。良いことです。まさに異世界転生ビジネス!」
「残りは取調室で聞く。新垣、応援を呼んで来い」
懐から手錠を取り出した田中が古賀から目を離さずに新垣に告げる。
するとパン、パンと乾いた破裂音が田中の後ろから聞こえた。
「新、垣?」
田中は背中を撃たれ、苦しみながら後ろを振り向こうとしたができなかった。
※
「田中さん! なにぼうっとしてるっすか!」
新垣に呼ばれ、はっとする田中。
古賀を見れば、いつの間にか拳銃を手にしていた。
先ほどまでの光景がなんだったのかわからないが、今は目の前の状況を打開せねばならない。
慌てて田中も拳銃を抜き、古賀の手元めがけて発砲する。
「くっ! いい腕してるじゃないですか」
田中の放った弾丸は、古賀の持つ拳銃を見事撃ち落としていた。
「冷や冷やさせるぜ。まったく」
「あ、知ってるっすよそれ。年寄りの冷や水っていうんでしょ?」
「うっせぇ!」
そうして田中と新垣は、集団殺人事件の犯人グループの一斉検挙に成功した。
二人は表彰され、田中は有終の美を飾り、新垣は一躍期待の新人となった。
定年退職後、田中は探偵となり悠々自適な安楽椅子生活を送っている。
※
「かなり気に入られていたみたいですね、新垣君。期待の新人にしてくれてますよ」
「……ぼくも、嫌いじゃなかったんですけどね。なにぶん優秀すぎたせいでこういう結末にならざるをえなかったんすよ」
無数の円柱の一つ。
その中の一番新しいものに繋がっているモニターを古賀と新垣が眺めていた。
その円柱のラベルには田中寛治と書かれている。
彼の脳は、今そこにある。
「さすがに刑事殺しはまずかったんじゃないっすか? 壁に車で激突させるなんて」
「上には疎まれていたみたいでね、割とすんなり事故死扱いしてくれたよ。免許を返納していたおかげで危険運転中の事故の信ぴょう性が高まったんだってさ」
そんな話をしていると、スタッフが円柱の一つを片付け始めた。
「あれ? もう終わっちゃったんすか、彼。名前は、ええと……」
「後藤とか言ったかな。本人のネタが切れるとすぐ死んじゃうのは今後の課題だね」
「彼らの何人かが作った話、本にしてみたら好評らしいじゃないっすか」
「小銭稼ぎ程度だけどね。まぁでも、今度みんなでおいしいごはん食べに行こうか」
「そうこなくっちゃ!」
この後、彼らによって世界初のフルダイブ型VRシステムが確立されることとなる。
そのシステムは莫大な利益を上げ、日本という国に大いに貢献した。
そして、彼らの手による異世界転生によって救われるものは居なくなった。
VRMMOはじめてものがたりとかのタイトルの方がよかったかしら?
感想とか待ってます!