そういう年ごろ
19のころよく一緒にいた女の子の口ぐせは しにたい だった
赤いフレームの眼鏡 ボブカット スリムでわたしより3センチ背の高い女の子
明るすぎず暗すぎないちょうどいい女の子
徹夜でカラオケをした次の日の朝 ランチの選択を失敗した昼 きらいな男の子に告白された夜
ためいきがわりに口にする
ああしにたい もうしにたい
キャラメルソースをからめたバニラアイスみたいな声で
いましにたい すぐしにたい
あついとかさむいとかつかれたとかいうのと同じぐらい意味のない言葉
そんな彼女のとなりでわたしは黙ってちょっと笑う
同情と気遣いと小さじ一杯の優越感を織り交ぜてほろ苦く笑う
生きることがそれほどたのしくないわたしでも 彼女ほどひっきりなしにしにたくはならないから
ある秋の昼下がり いちょう並木のベンチに並んで座っていると彼女が言った
ねえあたし骨盤がすごくでっぱってるの さわってみて
人差し指でわたしは触れた
ほそい足のつけ根から腰のラインにそって軽くなぞると
スキニージーンズの薄皮一枚を通してつたわる骨のかたち
女の子にとって大事な骨のかたち
赤ちゃんうむ時らくなのかな そう言って彼女は笑った
キャラメルソースをからめたバニラアイスみたいな声で
しょっちゅうしにたい子でも 赤ちゃんはうみたいみたいだ
わたしはそんなこと考えもしない
しにたくもないしうみたくもない だってそんなのは遠すぎる未来
でも
うみたくなってもうめないかもしれないけれど しにたくなくてもいつかしぬ
それは確かなこと
あたし今の彼とたぶん結婚するな
ぽつりとつぶやいた彼女がその時はじめてうらやましいと思った
あたりまえに大人であたりまえに女の子
わたしは大人でもなく女の子でもない ただの空っぽの19歳
それから半年経って彼女は学校に来なくなった
噂では男に車に乗せられて連れていかれたらしい
駆け落ちなのか事件なのかそれすらわからずに
最後に会った時もやっぱりしにたいと言っていた
そういう女の子
そういう年ごろだった
そう
それだけの話