十四章 クーレント
目の前に広がる青いタイルを虚ろな目で見つめていた。
我が子に向けられる剣が皮膚を貫くことは、ミリアッドの痛みを共有していることで伝わるときのものよりずっと痛んだ。
無風が警告した通りに二日後、クーレントの腕の数と同じぐらいのミリアッド達が地下室のドアを爆破し、攻め込んできた。皆、怒りと憎しみを込めた目をクーレントに向けていた。
当然のことだと思う。
ミリアッドの信頼を裏切り、三十四人の国の為に働いていた何の罪もないミリアッドを操作し、互いに殺させたのだから。
その一件で友人を仲間を失ったミリアッドも目の前にいる集団に含まれているのかもしれない。
一度、裏切ったクーレントに対して不信感を抱かずにいろというのももう一度、無条件で信じてほしいというのも不可能である。
次は自分も操作され自決させられるかもしれない、周囲のミリアッドが操作されたことにより殺されてしまうかもしれない。
これから先も常にその恐怖を持ったまま生活を送ることを考えた時、その元凶であるクーレントを消し去ろうという答えに辿り着いた者が目の前にいるミリアッドだとしたら、クーレントが戦えるわけがなかった。
クーレントは、五十本もある腕の一本も使おうとしなかった。
ここまで怒りを募らせたミリアッド達が、相手が抵抗も反撃もしないだけで攻撃をやめるはずもなく、クーレントは一方的に二重の痛みを受けた。
注射器とメスを両指の間に挟んで構えていた無風は、早々に戦況が傾いていることに気付いたのだろう。
気が付くと、木っ端みじんにされたドアの跡地となった空洞からまさに逃げるところであった。
振り向いた彼女と一瞬合ったが、そのまま目を反らし親友は逃げ去った。
無風遥瀬を恨むことなんかできなかった。
彼女は自分のためだけに十年以上の時を犠牲にして尽くしてきてくれたのだから。
陸子がクーレントとしての道を選んだ時に無風は泣いて怒ってくれた。
涙ながらに「私がいるのにどうして相談してくれなかったのか!」と言ってくれた。
そして「どうして息子を待ってやれないのか」とののしられ、やはり母親として失格だったのだと気付かされた。
目を開けていることすら辛く思えてクーレントは目を閉じた。
愛する夫を息子は殺した。
そして息子が次に襲った陸子は死の淵をさまよった挙句に助かってしまった。
陸子は悔いた。
なぜ、そばにいて、母親でありながら息子の抱える闇に気付いてあげることができなかったのか。
息子は幼少期から明確に周囲の人々と逸れていた。
息子自身がそれに気づき、必死に隠していたのだろう。
周囲の人間と同じように悲しいことで涙し、嬉しいことで喜び、時には悔しがり、哀れみ、怒っているような振りを続けて生きてきた息子の苦悩を事件がおきてから知った。
遮要壁からいつか出所する息子を待つ大切な役目すら放棄して、陸子は無意味に自らを戒めるだけの道を選んだ。
死を目前にして、息子を母親として帰りを待つことができなかったことを今更、後悔している自分が情けなくて悔しかった。
ごめんね、海里。
辺りがより一層、騒がしくなったあと静まり返った。
ここまできてミリアッド達は、なぜとどめを刺そうとしないのだろうと疑問に思いながら床に倒れたままでいるクーレントのもとに誰かが歩いてきて、そして足をとめた。
「まだ、生きてるか? 母さん」
その声は涙が出そうなほど懐かしく、かつて人間だった頃の日々を思い出させた。
目を開けた先にずっとずっと会いたくてたまらなかった海里の姿があった。
「……海里? お前は……遮要壁の中にいたんじゃ……」
「いつまでも迎えに来てくれないから、僕から会いに来たんだよ。いつまで床と仲良ししてるつもりだ。床より僕をハグしろよ」
目の前に立つ息子の後方に六つの人影が見えた。
冷血な将軍だと噂に聞いている浪勢のヴァン・レイ。
図書館の精霊であり図書館から一歩も出ないはずの命明と確かその側近だった棗。
微塵切りの中から海里と辻行によって救い出されたリンガベル・レイ。
永遠の眠り姫になったと聞いたはずの八重辻行。
そして地面にこすりつけた痕が額に残ったままの親友、無風遥瀬。
「……参ったな」
re.十三章
どういうわけか頬に鋭い痛みを感じて辻行は長い眠りから目を覚ました。
止めようとする命明の手を振り払ってでも、リンガベルは辻行の頬をぶつ手をとめなかった。
泣きながらリンガベルは怒鳴り散らした。
「生きろ馬鹿ッ」
命明が一体、どんなことを言ってリンガベルがこんな顔をしているのかわからないが、自分が目覚めた理由はこの頬の痛みが教えてくれているような気がした。




