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サイ・リンリ  作者: 天宮蓮
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十三章 リンガベル

 二人の間に何があったのかはわからない。


 命の危機を脱したリンガベルが目を覚ましたのは、感染してから一週間後のことであった。


 

 病院の天井を見ながらリンガベルは涙を流していた。

 内に秘めていた何かが消えたような気がして、それでいて温かい何かの存在を感じていた。


 リンガベルを汚染していたウイルス、つまりホーリィ・レイは実に一週間をかけて血眼共によって消し去られた。


 いつの間にか右手の指が二本、鉄製に代わっていた。

 根本からそっくり鉄の塊にされた指を見て、血眼共といえどもこの半身は直してはくれないのか、と落胆したが、不思議と以前、半身を失った時よりは心穏やかだった。


 ホーリィ・レイと辻行の間に自分の知らない出来事があった唯一の証のようにも見えたし、辻行の暴走に巻き込まれたという話を聞いてからは少しだけ嬉しくも感じた。



 病室はズタズタにされていたというのに、血眼共が駆け付けるまでの間、辻行は自我を失いながらも破壊衝動から自分を守ってくれたようだ。

 失っているのが指二本で済んでいるのは、つまりはそういうことなのだろう。





 一般病棟に戻されてから真っ先に会いに来てくれた人がヴァン・レイであったことにリンガベルは嬉しく思った。


 氷のような眼をした残酷なミリアッドだと言われるヴァン・レイが甲斐甲斐しく林檎を剥いてくれるのだから笑わずにはいられなかった。ブドウを持ってきた時は、ブドウの皮まで剥いてくれる過保護っぷりであった。

 入院中、古雅先生も真似田を連れてお見舞いにきてくれた。

 時々、「命明からです」と一言を添えながら本を持って図書館の棗もきて、お忍びできていたヴァン・レイにくれぐれも口外しないようにと毎回、口止めされていた。


 大切な人も、大切に思ってくれる人もいたのだなぁとリンガベルは気付くことができた。





 あの一件をきっかけに浪勢と血眼共は協定を結んで、誕生歌を徹底的に調べ上げている。


 まだ感染源の全ては見つかっていない。

 リンガベルを治療している過程でホーリィ・レイは姿を消した。

 ウイルスとして消えたのか、何らかの方法で他人の精神に移ったのかは不明のままである。





 リンガベルの退院の日、引き取りにきたのは命明と棗だった。


 図書館から一歩も出ない命明が直々に迎えに来たことは意外であったが、辻行は彼女等の元にいると聞いて納得した。

 棗によると、命明はその権力とどこに蓄えていたのか、それなりの財源にものを言わせ、リンガベルと辻行の積み木の家を浮林檎から丸ごと買い取ったという。

 何故、書物にしか興味を示さない彼女がそこまでするのかリンガベルには理解できなかったが、彼女の計らいで、随分と久しぶりにリンガベルは自宅に帰ることとなった。




 そこで初めて、目の前のベッドで安らかな顔で眠っている辻行が、一件が起こった病室で倒れて以来、目を覚まさないままであることを命明から聞かされた。



「ただいま戻りました。……辻行」


 リンガベルは、膝をついて声をかけた。





 入院して過ごした二週間の間に何度も何度も繰り返し考えた。


 なぜ、辻行は会いにきてはくれないのか、と。


 疑問に思いながらも誰にも聞けなかったのは、やはり真実を知るのは恐ろしかったからだろう。


 入院していた辻行を見捨ててここまできてしまった。

 信じろ、だなんて言っておいて自分は姿を消して、そして自分の命まで見捨てた。


 次に辻行に会った時、なんて言っていいのかわからなかった。

 それでもやはり会いたいと思ってしまうのだが、辻行が会いに来ないことこそが彼の答えであるかもしれないとも思った。

 その一方で辻行に何かあったのかもという考えにも至ったこともあった。

 それが、見切られるより良い可能性のようにも思っていた自分を今になって心から恥じた。



「何故……何故ですか」


 ただ黙って二人の姿を見つめる命明の代わりに棗が口を開いた。


「どこにも異常はないそうなのです。身体の機能的には何の問題もないのですが、一向に目を覚まさないんです。治療の目途が立たないからと命明が引き取ったのですが……。命明。直接、お教えしたほうがいいのでは? あなたのそういうだんまりを通して良しとするところ、私は感心してませんよ」



「口を謹んで。誰に口を利いていると思う?」


 振り向くと、命明と棗が双方にらみ合っていた。

 二人の関係についてリンガベルはよく知らないが、図書館で務める人間の中で棗の地位はそれほど上ではない。普段は雑用をしているのだと本人から聞いた。


 そんな棗を命明がお見舞いの使いによこしたり、一番の側近のように扱っているのは、棗自身に命明を使うような素質があることが最もの要因であろう。

 ドライアドとして存在する命明と対等に挑む度胸が彼女にはある。


「出し惜しみする必要はないでしょう」


「たかが下女が命明に逆らうのです?」


「……私をこれ以上、幻滅させないでください。そろそろ嫌いになりましょうか。さあ、早く」


 棗に背中を突かれて命明は渋々、リンガベルに向き合った。


 きまり悪そうに手いたずらをしながら必死で目を反らしている命明の姿は叱られている子供とそう変わらないように見えた。

 なんとなく察しているが、命明は人と話すのがあまり得意ではないようだ。

 辻行や棗の前では流暢に話すが他の人の前では黙り通す。

 平たく言うとおそらく人見知りなのだ。


 その原因を探るつもりはないが、必要以上の会話をせずに黙秘を通す命明の姿を見て、一部の人は格が下の人間とは話すつもりがないのだろうと憶測し、間違ったまま人から人に伝わっている気がする。

 もちろん、確かめるつもりもリンガベルにはない。


「辻行は……目覚める必要がないと思ってる……だから起きようとしない」


「それはどういう……」


 その言葉を言い終えるや否、命明は鼻を鳴らして旋回し、一目散にその場を後にした。


「命明っ。すみません、失礼します」


 そのまま玄関を二人が出ていく足音を聞きながら、その言葉を頭の中で反復し、意味を考えた。


 リンガベルが出会う前から二人は口ぶりからして知り合いであった。

 結局、二人の関係を聞きそびれたままになっていたが、何か深い関係であることだけは知っていた。

 その命明が断言するのだから確かな根拠はあるのだろう。



 普通の人間は、目を覚ます必要がないから、といって昏睡状態になったりはしない。

 それはミリアッドでも同じだ。


 しかし、特異の存在である辻行にはそんな特異な現象も起こってしまうのかもしれない。

 彼は不死身なのだ、後天的な。

 ある日、ある時を境に不死身になった事にはもちろん、何かしらのきっかけがある。


 それが今回の原因に大きく関係しているのかもしれない。

 そのことについて命明が知っているのかもしれないが、追いかけても彼女は語らないだろう。


 そんな風に決めつけて追おうともしない自分は本当に……そこまで思い、リンガベルは肩を落とした。


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