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サイ・リンリ  作者: 天宮蓮
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一章 リンガベル(2)

 リンガベルは、震える右の拳を左手で隠すように覆った。



 耳を研ぎ澄ませ、背後でずれて聞こえる足音を確認しながら歩を進める。

 人間を信頼していないわけではないが、壁の外に出た彼は自由を手に入れたばかりだ。

 更なる自由を求めて逃げ出さないとも限らない。

 その場合は、少々強引な手を使っても動けなくして、浪勢を呼ばなくてはならない。





 しかし、その事態を危惧して震えが止まらないわけではない。


 遮要壁の第四ゲートから現れた八重辻行は、光に照らされて眩しそうにしたものの、その瞳に光はなかった。

 遮要壁から出た人は、目が死んでいると聞いていたが、それを実際に見たのは初めてだった。



 遮要壁は人を殺すのだ。

 この国は平和である。

 その平和を保つ為に、犯罪をなくす為に、国は、犯罪者をより罰することを選んだのだった。


 リンガベルも犯罪者監視特別枠として刑罰についてそれなりに学んできた。

 しかし、それが、ただ読んで覚えただけに過ぎなかったと、辻行の目を見て思い知った。



 心を殺すということが、どれだけ残酷なのか。

 遮要壁では外傷を一切、与えない。

 物理的な拷問、死刑もない。肉体労働も望まなければしなくてよい。



 その代わりに存在するのが精神攻撃である。

 それと治癒処置は一つのセットとして数えられ、その回数のことを『一戒』と呼ぶ。


 精神攻撃は、罪の重さによってレベル1からレベル5までに分けられ、その人物に与えられたレベルまでレベル1から段階を踏んで引き上げる。

 仮にレベル3を命ざれた罪人は、レベル1から3まで徐々に精神攻撃を与えていき、レベル3まで耐えてはじめて『一戒』をクリアしたことになる。

 

 精神崩壊を起こしかけた場合は中止して回数は、ゼロとなり、処置室に搬送される。クリアした後も同様に処置室に向かう。


 犯した罪の重さに比例して回数は増える。

 たとえ、どんなに重い罪を犯しても決められた回数をクリア次第、釈放となる。



 しかし、レベルが高いほうがよりクリアは困難である。

 精神攻撃は、自己申請制で、日に何度でも受けることが可能でもあるし、何年も受けないことも可能である。しかし、まともな精神をしている人間であれば、一日、二回が限界だと言われている。



 遮要壁の中では、昼夜問わず、叫ぶ声と泣く声、呻く声が聞こえるため精神攻撃を回避し続けてもそこでの生活は死ぬより残酷だと言われている。


 治癒処置を繰り返しても、出所した犯罪者の多くは、癒えない傷を負っている。リンガベルは、そんな彼らの力になりたくて叉瞳になったのだった。






「私は……あなたのことを何とお呼びすればよろしいですか?」


 どう接したらよいかわからないまま、悩んだ挙句に、ごくありきたりな質問を投げかけた。


「辻行、でいい」


「では、辻行。担当である辻行には、私のことを字名を省いて呼ぶことが許されています。ぜひ、リンガベルとお呼び下さい」


 中央都市から枝分かれした先にある、遮要壁までの道のりは整備されている。

 そうでない地域では、まだ地面は土でできているが、都心の地面に土は存在しない。全て足を痛めないよう、木屑を固めた木質のブロックが敷き詰められている。つなげられた道の脇に、整えられた樹木や植物が生えている。



「今後の為に確認しておきたいのですが、辻行のご家族はどちらにいらっしゃいますか?」


 待っても返答がなく、足音がいつの間にか聞こえなくなったことに気付いてリンガベルは振り返った。

 焦っていても、右足を半歩さげることを忘れず。




 すると、五歩後ろで虚ろなままの目を丸くした辻行が立ち尽くしていた。

 出所された時に配給された、灰色のVネックのシャツにチノパン姿のまだあどけなさが残る十四歳の少年がリンガベルを見上げていた。


「お前……何も知らないのか」


 やがて訝しげに睨んだ。



「政府の判断により……私は、辻行の情報の一切を教えていただけませんでした」


「……ふぅん」


 事情を説明しても尚、辻行の表情は変わらなかった。

 どうやら、辻行は、リンガベルが全てを知ったうえで、この場に現れたのだと思っていたらしかった。それを察したリンガベルは、失望させてしまったことに心を痛めた。



「私はわからないことをそのままにしておくのは嫌です。正しく把握するためにも、教えていただきたいのです。母上は、父上は……ご兄弟はどちらに?」


「……死んだ」


 埒があかないと思ったのか、辻行はふうっと深いため息をついて吐き捨てた。


「俺が壁に入る前にはもう死んでた。兄弟はいない。満足か?」


「はい。もう一つ確認したいことが。なぜ、斜要壁に?」


「くくっ……」


 辻行は、目がすわっているまま、口角の片方だけ上げ、不気味な笑みを浮かべた。







「君みたいな、可愛い子を一人ぶっ殺したんでね」


 それがリンガベルがはじめ見た表情らしい表情だった。


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