十二章 ヴァン
ルルーシュ・ロンのデスクに散らかったままの書類に目を通しながらヴァンはため息を漏らした。
じきに彼が籠っていたこの部屋も目の前のデスクも片づけられる。
そして新しく同じ役職についた浪勢のものとなる。
滞ってしまった書類等の処理作業に取り掛かっていたものの、その進み具合は順調とは言えなかった。数日前までは、この椅子に腰かけ考えることはルルーシュ・ロンのことばかりだったが、二日前を境にリンガベル・レイのことを考え、更に作業速度は低下した。
二日前の午後のことだった。
訪れてきたリンガベル・レイは目が合うなり、笑みを浮かべた。
そこの時点で、一部の浪勢が彼女を捜索していることは知っていたが、浪勢に探されているのに、その浪勢が集まる本部にきたことに少々、驚いた。
「よくのうのうと私の前に現れたものだ」
「会いたい人を考えた時に真っ先に浮かんだのがヴァン・レイでした」
ヴァンが到底、言えないような言葉を何の躊躇もなく口にした彼女の真意も察した。
会いたい人に理由もなくただ会いに来たとはこの場合、考えにくい。かつてはそうだとしても今は、それほど親しい仲ではない。
責任感が人一倍強いリンガベル・レイが担当の人間をおいて、本来の任務を放棄して姿をくらました。
そして浪勢に捕まる危険を犯してまで現れた。
そこまでして旧友に会いにきたと言う。
「私は、お前の為にルルーシュを殺したあれらを許せそうにない。そうさせたお前もだ。リンガベル・レイ。私達はもう養成所で過ごした学生の頃に楽しく語らうことも笑いあうことも出来ぬ。
だが、元親友として助言をするならば……持っているそのCDはここで捨てろ。担当の元へ帰れ。お前は、間違っている」
リンガベル・レイが持つアタッシュケースの中にある荷物を透しできる能力を持っているわけではなかった。
ただ、ここまで何かに追い詰められている彼女ならば破滅の道へ向かっている気がした。目を伏せたところを見ると誕生歌を所持していることは間違いないようだった。
どこで手に入れたのかは不明だが、そのCDが出回っているという巷の噂は随分と昔から存在し、消えることはない。
浪勢が追っても一部を押収、抹消するだけで根源を絶ったことにはならず、大きな問題になっている。形はCDであったり、データであったりする誕生歌だが、名前からして音楽であることは容易に想像できるが、それがどのような曲であるのかは不明のままである。
3分47秒の抹消プログラム誕生歌は、聴くことでミリアッドの記憶の全てを消去し、初期化する。
しかし、多くのミリアッドは3分47秒を人格としての死の恐怖に耐えきれず聞き終えることはない。
発見されるミリアッドの大半は、記憶を部分的に欠落しているか、ミリアッドとして機能しなくなっている状態で保護される。
修理のしようも、解体することもできず、浪勢によりデータとして記録されたのち、浮林檎に送り使える部品を取り除いて処分される。
「ありがとう。ヴァン・レイ」
取り返しのつかない場所に向かっている親友が目の前にいるのにその決意を揺るがすことも手を伸ばすこともヴァンにはできなかった。
半身を鉄板で覆われた彼女にかける言葉が見つからなかった。
「どこへ……どこへ行くつもりだ」
「大切な場所です。もう一度、行きたい思い出の場所があるんです」
ドアをノックする音でヴァンは我に返り、持っていた白紙の報告書をデスクに表を伏せておいた。
「入れ」
自らが出向くことはできなかったが、他でもないリンガベル・レイが信頼していた彼なら助言せずとも自分の元へ辿りつくことだろうとヴァンは考えていた。
リンガベル・レイが本当に求めているのは彼の手であり、彼の言葉なのだろうと思い、非力の所為にし、何もできなかった自分とは違って強い光を宿した八重辻行が向かう先が絶望でないことを願った。
「遅かったな」
「ああ。随分と遠回りをしたよ。リンガベルはどこに行ったのか聞かせてくれ」
まっすぐと前を見据えて話す八重辻行の背中に隠れて、様子をうかがっている緑色の少女の姿は見逃しようがなかった。
「事が終わったらお迎えに上がらせてもらう。少々、手荒に尋問しようじゃないか。リンガベル・レイに誕生歌の在りかを吹き込んだのは貴様だったか……ドライアド」
小さな肩が大きく跳ねた。




